Composers

作曲家

Composer Profile

シャルル=ヴァランタン・アルカン
1813 – 1888 フランス ロマン派

シャルル=ヴァランタン・アルカン

「ピアノのベルリオーズ」 — リスト級の超絶技巧を秘めた孤高の天才。

生涯

1813 年、パリのユダヤ系音楽一家に生まれた。6 歳でパリ音楽院入学、11 歳で和声 1 等賞という史上稀な早熟ぶり。リスト、ショパンと並ぶパリの三大ピアニストと称された。

人生の中期から急に隠遁し、30 年以上にわたって表舞台から姿を消した。その間、独自に「12 の長調のエチュード」「12 の短調のエチュード」「全短調による交響曲(独奏ピアノのため)」など、ピアノ史上最も困難な作品群を残した。

1888 年、自宅で本棚の下敷きになって亡くなったという伝説がある。実際には別の死因らしいが、孤独な最期だった。20 世紀後半に再評価が進み、現代ピアニストの「最終課題」とされる。

人となり

アルカンの人となりを示す 4 つの側面。

早熟
11 歳で和声 1 等
パリ音楽院でリスト・ショパンと同時代に学び、ピアノ・和声・対位法すべてで 1 等賞を獲得。
隠遁
30 年以上の沈黙
40 代から突然演奏活動を絶ち、社交界からも離れて孤独に作曲を続けた。「失われた天才」と呼ばれた。
技巧
リスト級の超絶
リスト本人が「アルカンのほうが上手い」と讃えた逸話。ペダル付きピアノ(ピアノ+足鍵盤)も愛用。
信仰
敬虔なユダヤ教徒
生涯独身、ユダヤ教の聖典翻訳に没頭。世俗的成功を拒んだ知識人。

一日のルーティン

隠遁時代のアルカンの一日は 厳格な宗教生活と作曲・翻訳の往復。修道院的な規則正しさで知られた。

5:30–7:00 起床、ユダヤ教の朝の祈り(シャハリス)。
7:00–11:00 ピアノ練習。エチュードを毎日全曲弾き通す習慣。
11:00–14:00 タナハ(ヘブライ語聖書)のフランス語翻訳。完成しなかった生涯の仕事。
14:00–16:00 昼食、休憩。
16:00–19:00 作曲。自筆譜を何度も書き直す完璧主義。
19:00–22:00 夕の祈り、読書、就寝。社交を完全に避けた。

音楽スタイル

アルカンのピアノ書法は 「人間の限界への挑戦」。リストの華やかさにベートーヴェンの構造感、メンデルスゾーンの清冽さを混ぜたような、独自で重厚な世界。

全 12 短調による組曲構成 は彼の発明。Op.39「12 の短調のエチュード」は 4 曲の「独奏ピアノのための交響曲」、3 曲の「同 協奏曲」を含む、ピアノ史上最大級の作品集。

ペダル付きピアノ(足鍵盤付き)も愛用し、その独奏曲も書いた。「フランスのバッハ」 と呼ばれることもある。対位法・フーガ書法の練達ぶりはリスト以上とも評される。

全作品リスト(主要)

エチュード

  • Op.35 12 の長調のエチュード
  • Op.39 12 の短調のエチュード(独奏交響曲・協奏曲を含む)
  • Op.76 3 つの大練習曲(左手・右手・両手)

独奏曲

  • Op.27 「鉄道」
  • Op.33 グランド・ソナタ「四つの年齢」
  • Op.61 ソナチネ
  • Op.63 25 の前奏曲

室内楽

  • Op.21 グランド・デュオ(チェロとピアノ)
  • Op.30 ピアノ三重奏曲

代表作品(ピアノで弾ける)

ピアノ史への貢献

「ピアノは何処まで難しくできるか」の極北。リスト・ショパンが追求しなかった「技巧の壁」を一人で突破。20 世紀のソラブジ、フィニッシー、リーバーマンらの「演奏不可能の作品群」の祖。同時に 「独奏ピアノだけで交響曲・協奏曲全体を弾く」 という概念を発明し、独奏ピアノの可能性を哲学的に押し広げた。

聖地巡礼

アルカンはパリでひっそりと暮らしたため、明確な「聖地」は少ない。

住居
パリ 9 区の自宅跡
Square du Bouloi, 75001 Paris
アルカンが晩年の 30 年を孤独に過ごした住居跡。プレートのみ。
メトロ Louvre - Rivoli 駅から徒歩 5 分。
墓所
モンマルトル墓地(パリ)
20 Avenue Rachel, 75018 Paris
ベルリオーズ・オッフェンバックも眠るパリの音楽家墓地の一つ。
メトロ Place de Clichy 駅から徒歩 10 分。

逸話

アルカンの逸話は半分以上が伝説で、真偽の境目が曖昧。

本棚の死
「ユダヤ教の聖典を取ろうとして本棚が倒れ、下敷きになって亡くなった」という有名な逸話。実際は脳卒中らしいが、彼の孤独な人生を象徴する伝説として残った。
ショパンの後任拒否
ショパンの死後、アルカンはパリ音楽院のピアノ科教授に推薦されたが、拒否して隠遁した。
リストの賛辞
リスト本人が「私が知る最も完璧なピアノ技巧を持つのはアルカン」と語ったと伝えられる。
100 年後の復活
没後ほぼ 100 年間忘れられていたが、1970 年代にイギリスのピアニスト、ロナルド・スミスが全曲録音に挑戦し再評価が始まった。

影響関係

学習者にとって

アルカンは 「最終課題」 の作曲家。中級者には弾けるものは少なく、上級者向け。「鉄道」 は中上級者でも挑戦できる短い作品。Op.39 No.7「進行」 も比較的アプローチしやすい。全集を視野に入れるなら、まず 25 の前奏曲 Op.31 から。