生涯
1881年、ハンガリー王国(現ルーマニア領)のナジセントミクローシュに生まれた。ブダペストの音楽院で学んだ後、コダーイ・ゾルターンと共に「ハンガリーの真の民謡」を求めて、農村でロウ管蓄音機を持って民謡採集の旅に出た。
採集した数千の民謡素材を西欧的作曲技法と融合。「民族音楽学」という新分野を切り開きつつ、独自のピアノ書法を確立した。打楽器的アプローチが特徴。
ナチス・ドイツによるハンガリー支配を嫌い、1940年にアメリカへ亡命。経済的に苦しい中、白血病に侵されながらも作曲を続けた。1945年、ニューヨークで64歳で世を去った。
音楽スタイル
民族音楽の旋律・リズムと20世紀現代音楽の技法の融合。ピアノを「打楽器」として扱う独特の書法(パーカッシブピアノ)。「ミクロコスモス」は子供の入門から最先端の現代音楽まで段階的に進む153曲の組曲。
代表作品
ミクロコスモス(全6巻153曲)
段階的な学習用作品集。子供向けから上級まで。
子供のために(4巻、ピアノ独奏)
民謡を素材にした子供向け小品集。
ピアノソナタ Sz.80
打楽器的ピアノ書法の代表作。
戸外にて Sz.81(5曲)
技巧的・色彩的な組曲。「夜の音楽」が特に有名。
アレグロ・バルバロ Sz.49
野蛮なリズムの初期傑作。
ピアノ協奏曲第3番
亡命先で最後に書いた、明るく叙情的な協奏曲。
ルーマニア民俗舞曲
親しみやすい民族舞曲集。
聖地巡礼
住居・博物館
バルトーク・ベーラ博物館
Csalán út 29, 1025 Budapest
ブダペスト郊外の最後の住居。彼の蝋管・採集楽器が展示されている。
音楽院
リスト音楽院
Liszt Ferenc tér 8, Budapest
彼が学び、後に教鞭を取った場所。
墓
ファルカシュレーティ墓地
ブダペスト
1988年にアメリカから改葬された。
姿と場所
影響関係
影響を受けた
- ハンガリー・ルーマニア民謡
- リスト
- ドビュッシー
- ストラヴィンスキー
影響を与えた
- 20世紀ピアノ書法全般
- 民族音楽学
- リゲティ・クルターグ
学習者にとって
「ミクロコスモス」は段階的なので、初級〜上級まで誰でも何かしら弾ける貴重な作品集。「ルーマニア民俗舞曲」は中級の人気曲。