Composers

作曲家

Composer Profile

1908 – 1992 フランス 現代

オリヴィエ・メシアン

鳥と神と色彩 — 戦後フランスの巨人。

生涯

1908 年、アヴィニョンで生まれた。11 歳でパリ音楽院に入学。22 歳でラ・トリニテ教会のオルガニストに就任、以降 60 年間その地位を務めた。

第二次大戦中はドイツ軍の捕虜となり、収容所内で「世の終わりのための四重奏曲」を作曲。戦後はパリ音楽院教授として、ブーレーズ・シュトックハウゼン・武満徹ら戦後音楽の旗手たちを育てた。

カトリック信仰と鳥のさえずりを音楽の核に据え、独自のリズム理論・色彩感覚を発展させた。1992 年にパリで 83 歳で世を去った。

人となり

メシアンの人となりを示す 4 つの側面。

信仰
神秘主義カトリック
生涯敬虔なカトリック信者。「鳥が歌うのは神を讃える」と語った。多くの作品が宗教的テーマ。
鳥のさえずりの採譜
世界各地の鳥の声を採譜し、音楽に取り入れた最初の作曲家。「鳥のカタログ」「異国の鳥たち」など。
色聴
音と色の連動
共感覚(音から色を見る能力)を持っていた。和音ごとに特定の色を見ていた。
教育
ブーレーズら戦後音楽の父
パリ音楽院教授として、戦後ヨーロッパ音楽を担う世代を育てた。武満徹も影響を受けた。

音楽スタイル

メシアンの音楽語法は、独自に体系化した素材の上に築かれている。中心にあるのが「移調の限られた旋法」で、彼は全7種を著書《我が音楽語法の技法》(1944年)で理論化した。第1旋法は全音音階で移調は2通り、第2旋法は8音のオクタトニックで移調は3通りしかない。

リズムでは、前から読んでも後ろから読んでも同じ「逆行不能リズム」や、古代インドのデーシー・ターラ(リズム型)を援用した。さらに彼は和音を聴くと色彩が見える共感覚(色聴)を持ち、響きを色で構想した。カトリック信仰と鳥の声が、その音楽の二大源泉である。

代表作品(ピアノで弾ける)

ピアノ史への貢献

メシアンは「鳥の歌」を作曲の核心に据え、フランス各地で採譜した膨大な鳥の声を音楽化した。ピアノ独奏曲《鳥のカタログ》(1956〜58年)全13曲は、その集大成である。従来の調性でもリズムでもない、新しい時間感覚を切り開いた。

1949年の《リズムの4つの練習曲》中の《音価と強度のモード》は、音高・音価・強度・アタックを組織化し、ブーレーズらのトータル・セリエリズムの出発点となった。パリ音楽院ではブーレーズ、シュトックハウゼン、クセナキスらを育てた。

逸話

第二次大戦中の1940年、メシアンはドイツ軍の捕虜となり、ゲルリッツのシュタラークVIII-A収容所に送られた。そこで入手できたクラリネット・ヴァイオリン・チェロ・ピアノのために《世の終わりのための四重奏曲》を書き上げ、1941年1月15日、約400人の捕虜と看守を前に、凍える収容所で初演した。「あれほど熱心に、深く聴かれたことはなかった」と後に語っている。

学習者にとって

メシアンは総じて難度が高く、複雑なリズムと厚い和音、特殊な記譜に慣れが要る。まず全体像よりも、旋法の響きと逆行不能リズムの「揺れない対称性」を耳と体で掴むことが先決だ。

入口には20歳の作品《8つの前奏曲》(1928〜29年)、なかでも第1曲《鳩》が向く。ドビュッシー的な手触りが残り比較的取り組みやすい。《幼子イエスに注ぐ20のまなざし》や《鳥のカタログ》は、名手イヴォンヌ・ロリオのために書かれた最難関で、長期の目標に据えるのがよい。

関連作曲家

出典・参考

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