生涯
1866年、ノルマンディーの港町オンフルールに生まれた。パリ音楽院に入学するが「凡庸」と評され中退。音楽院の権威を生涯嫌った。
モンマルトルのキャバレー「黒猫」のピアニストとして生計を立てながら、独自の音楽を作り続けた。シャツは7着同じものを揃え、毎日同じ服装で同じ時間に同じカフェへ通った。終生独身。
「家具の音楽(聞き流すための音楽)」を提唱し、後のアンビエント音楽・BGMの先駆けとなった。「ジムノペディ」「グノシエンヌ」は、20世紀後半に映画やCMで再発見され世界的に愛される。1925年、肝硬変で59歳で世を去った。
音楽スタイル
シンプルで瞑想的な旋律、奇妙な楽譜上の指示(「歯痛のように優しく」「犬のように軽く」)、教会旋法、伝統和声からの解放。後のドビュッシー・ラヴェルと並ぶフランス印象派の祖の一人だが、サティ自身は「印象派」を嫌った。
代表作品
3つのジムノペディ(1888)
瞑想的な3つの小品。第1番が特に有名。
グノシエンヌ(1〜6番)
東洋的・神秘的な雰囲気の小品。第1番が最も知られる。
ジュ・トゥ・ヴ(あなたが欲しい)
優美なワルツ。結婚式でも使われる。
乾からびた胎児
サティらしい奇妙なタイトルの組曲。
ヴェクサシオン(嫌がらせ)
短い主題を840回繰り返す前衛曲。完全演奏は18時間以上かかる。
童話音楽の献立表(ピアノ連弾)
ユーモラスな小品集。
聖地巡礼
生家
サティの家(オンフルール)
Honfleur, France
彼の生家。現在はサティ博物館。
住居
アルクイユのサティの家
34 rue Cauchy, Arcueil
27年間住んだ部屋。彼の死後、誰も入れていなかった部屋から多数の未発表作品が発見された。
墓
アルクイユ墓地
Arcueil, France
パリ郊外。彼の住んだ街に葬られた。
姿と場所
影響関係
影響を受けた
- シャブリエ
- 中世音楽
- 東洋音楽
影響を与えた
- ドビュッシー
- ラヴェル
- ジョン・ケージ
- アンビエント音楽全般
学習者にとって
ジムノペディ第1番は初心者でも取り組める癒しの定番。グノシエンヌも中級でも届く。「速さや技巧でなく、空気感を作る」演奏法を学ぶ最良の入口。