生涯
1811年、ハンガリー(当時のオーストリア帝国領)のライディングで生まれた。9歳でデビューし、12歳でウィーンに移住。チェルニー(後の練習曲の作曲家)にピアノを学び、サリエリに作曲を学んだ。ベートーヴェンに「祝福のキス」を額に受けたという伝説も残る。
20代でパリに移り、ショパン、ベルリオーズ、ワーグナー(後の娘婿)と交流。30代にはヨーロッパ各地で 「リストマニア」 と呼ばれる熱狂を巻き起こした。女性が失神し、汗を吸ったハンカチが奪い合いになる、現代のロックスター現象の先駆けである。
40代以降は演奏活動から退き、ヴァイマルで指揮者・教育者として活動。65歳でローマ・カトリックの下級僧職位を受け、「リスト師父」と呼ばれた。1886年、75歳でドイツ・バイロイト(娘婿ワーグナーの本拠地)で世を去った。生涯独身(結婚はせず)だが、複数の女性との間に3人の子供をもうけた。
人となり
リストは 派手・華麗・カリスマ的 で、しかし 慈善家・教育者 としての顔も持っていた。一見矛盾するが、彼の人生はこの両面性で成り立っていた。「演奏家リスト」と「宗教家リスト」の間を生涯往復した人物。
一日のルーティン
ヴァイマル時代(1848-1861)、リストは 無償レッスン・作曲・指揮の3つを並行 させる充実した日々を送った。世界中から弟子が集まり、彼の家は毎日サロンと化した。
音楽スタイル
リストの音楽の核心は 「ピアノでオーケストラを再現する」 という発想である。10本の指で出せる音の最大値を追求し、跳躍・オクターブ・速いパッセージ・強烈な和音を駆使する。彼以前のピアノ音楽の限界を、文字通り突き破った。
後年は宗教音楽に傾倒し、瞑想的な作品も残している。「巡礼の年」第3年や晩年のピアノ小品は、若い頃の華麗さとは対照的な、神秘的で前衛的な作風で、20世紀現代音楽の予兆ともされる。
全作品リスト(主要)
ピアノ独奏(重要作)
- S.244ハンガリー狂詩曲集(全19曲)
- S.139超絶技巧練習曲(全12曲)
- S.140パガニーニ大練習曲(ラ・カンパネラ含む)
- S.1413つの演奏会用練習曲
- S.160-163巡礼の年(第1年「スイス」、第2年「イタリア」、第3年)
- S.541愛の夢(3つの夜想曲)
- S.1713つのコンソレーション(慰め)
- S.178ピアノソナタ ロ短調(最高傑作)
- S.514-5163つのメフィスト・ワルツ
ピアノ協奏曲・管弦楽
- S.124ピアノ協奏曲第1番 変ホ長調
- S.125ピアノ協奏曲第2番 イ長調
- S.126死の舞踏(ピアノと管弦楽)
- S.95-107交響詩集(13曲)
- S.108-109ファウスト交響曲・ダンテ交響曲
編曲(リストの大きな貢献)
- 多数シューベルト歌曲のピアノ編曲
- 多数ベルリオーズ「幻想交響曲」ピアノ版
- 多数ベートーヴェン交響曲全9曲のピアノ独奏版
- 多数ヴェルディ・ワーグナー歌劇の幻想曲
宗教音楽
- S.2オラトリオ「キリスト」
- S.3オラトリオ「聖エリザベートの伝説」
- S.9ハンガリー戴冠ミサ
- 後期晩年のピアノ宗教曲(無調的・前衛的)
代表作品(ピアノ)
ピアノ史への貢献
リストは 近代ピアノ演奏様式の創始者 である。「腕の重みを使う奏法」「跳躍」「オクターブの連続」「両手の交差」など、現代ピアニストが当然と思っている技法の多くは、リストが開発・体系化した。
彼は 「リサイタル」 という形式を発明した張本人でもある。それまでのコンサートは複数の演奏家・歌手・楽器が登場するのが普通だったが、リストは「ピアノ独奏だけで2時間のコンサート」を成立させた。今のピアノリサイタルは彼の発明である。
晩年は無償でレッスンを続け、世界中から弟子が集まった。彼の系譜は今もピアニストの「先生の先生の先生」として連綿と続いている。
聖地巡礼
リストゆかりの地は、生地ハンガリー・活動地ヴァイマル・最期のバイロイトの3カ国にまたがる。「ヨーロッパを音で繋ぐ存在」だったリストの足跡を辿る旅は、4カ国(ハンガリー・オーストリア・ドイツ・イタリア)にも及ぶ。
逸話
「リストマニア」現象では、彼の演奏会で女性が失神することは日常茶飯事だった。記念品として彼の手袋・ハンカチ・タバコの吸殻まで奪い合われた。ハインリヒ・ハイネ(詩人)はこの現象を「Lisztomania」と命名し、現代の「Beatlemania」の語源になっている。
夫婦関係は複雑で、結婚はしなかったが2人の女性との間に子供をもうけた。次女コジマはピアニスト・指揮者ハンス・フォン・ビューローと結婚、後にワーグナーと駆け落ちして再婚した。
後年、ローマ教皇ピウス9世から下級僧職位を授けられ、僧服を着るようになる。「リスト師父(Abbé Liszt)」という新しい呼び名で呼ばれた。世俗を離れたわけではなく、演奏・教育活動は続けていた。
パリの大火事の際、リストは演奏会の出演料 10,000フラン 全額を寄付した。慈善家としての顔は生涯通底していた。
影響関係
影響を受けた
- パガニーニ(ヴァイオリンの超絶技巧)
- チェルニー(直接の師)
- ベートーヴェン(後期作品)
- ベルリオーズ(管弦楽思考)
影響を与えた
- ワーグナー(娘婿)
- ラフマニノフ
- スクリャービン
- バルトーク
- 20世紀のすべてのピアニスト
学習者にとって
リストは 「ピアニストの夢の最終目的地」 である。「ラ・カンパネラ」「メフィスト・ワルツ」「超絶技巧練習曲」を弾けるようになることは、多くのピアニストの目標になる。
初〜中級でも「愛の夢 第3番」「コンソレーション第3番」「慰め」などの作品が取り組める。ただし華やかな技巧曲は 純粋に身体能力 を要求するため、本格的なリストは上級〜プロ向けである。
晩年の作品(「不吉な星」「無調のバガテル」など)は20世紀的な前衛性を持ち、研究者の関心も高い。