生涯
1875年、フランス南西部のバスク地方シブールに生まれた。父は技術者、母はバスク人。技師の血と芸術家の血が混ざった彼は、後に「スイスの時計職人」と評される精密な作曲家となった。
パリ音楽院でフォーレに学ぶ。ローマ大賞に5回挑戦し全て落選した「ラヴェル事件」は、音楽院の保守性を問う社会的事件となった。
印象派と分類されるが、ドビュッシーよりも形式的・古典的な構築を重んじた。生涯独身を通し、晩年は脳の病気(左半球の言語・運動機能障害)で作曲できなくなった。1937年、62歳でパリで世を去った。
音楽スタイル
印象派的色彩感と古典的形式の融合。「機械のように精密だが、心は熱い」と評される。ピアノ書法は技巧的かつ官能的で、後のジャズ・現代音楽に大きな影響を与えた。「ボレロ」「ダフニスとクロエ」「クープランの墓」が代表作。
代表作品
水の戯れ
20代で書いた印象派ピアノ書法の代表作。
ソナチネ
古典形式とラヴェル的響きの融合。3楽章。
クープランの墓
古典舞曲スタイル6曲。第二次大戦の戦死者への追悼。
夜のガスパール(3曲)
ピアノ史上最難曲の一つ。「オンディーヌ」「絞首台」「スカルボ」。
ピアノ協奏曲 ト長調
ジャズ要素を取り入れた華麗な協奏曲。
左手のためのピアノ協奏曲
戦争で右手を失ったヴィトゲンシュタインのために。
亡き王女のためのパヴァーヌ
若き日の作品。世界中で愛される瞑想的な曲。
聖地巡礼
生家
シブール
Ciboure, France
バスク地方の小さな港町。生家のプレートが残る。
住居
ル・ベルヴェデール(ラヴェル博物館)
5 rue Maurice Ravel, 78490 Montfort-l'Amaury
晩年を過ごしたパリ近郊の家。彼が選んだ家具・絵画・収集品がそのまま残る。
墓
ルヴァロワ・ペレ墓地
Levallois-Perret, パリ近郊
両親と共に葬られている。
姿と場所
影響関係
影響を受けた
- フォーレ
- サティ
- ドビュッシー
- リスト
影響を与えた
- ガーシュウィン
- プーランク
- ジャズ和声全般
学習者にとって
「亡き王女のためのパヴァーヌ」「ソナチネ」第1楽章は中〜上級。「水の戯れ」以降は上級。「夜のガスパール」はピアニストの最高峰の試金石。