生涯
1906 年、サンクトペテルブルクで生まれた。13 歳でペトログラード音楽院に入学。19 歳で交響曲第 1 番を作曲、世界的に注目される。
スターリン体制下で、1936 年に「ムツェンスク郡のマクベス夫人」を体制から非難され、生命の危機を経験。以降、表面的には体制に従いつつ、皮肉と二重の意味を込めた音楽を書き続けた。15 の交響曲、24 の前奏曲とフーガ、15 の弦楽四重奏曲は 20 世紀の重要遺産。
1975 年にモスクワで 68 歳で世を去った。死後、彼の真意(体制への抵抗)が口述記録「証言」で広く知られるようになった。
人となり
ショスタコーヴィチの人となりを示す 4 つの側面。
恐怖
スターリン時代の生存者
1936 年に「人民の敵」と宣告される寸前で許され、以後、寝室に常に荷物を用意して逮捕に備えた。
二重性
皮肉と表向き
体制礼賛の音楽の裏に、絶望と皮肉を込める書法を確立。聴き手が解読する音楽。
バッハへの愛
24 の前奏曲とフーガ
バッハの「平均律」に倣い、全 24 調で前奏曲とフーガを作曲。20 世紀ピアノ音楽の金字塔。
家族
私生活の支え
生涯 3 度結婚。子供と孫に音楽の真意を語った晩年の私的記録が貴重。
代表作品(ピアノで弾ける)
24 の前奏曲とフーガ Op.87 より第1番 ハ長調
バッハに倣った 20 世紀の傑作。
24 の前奏曲とフーガ Op.87 より第4番 ホ短調
最も人気の高い瞑想的な作品。
ピアノ協奏曲第2番 Op.102
息子マキシムへの誕生日プレゼント。明快で愛らしい。
24 の前奏曲 Op.34
若年期の小品集。
「コンチェルト・ピアノ・トランペット・弦楽」 Op.35
若く皮肉に満ちた室内協奏曲。