生涯
1891年、ウクライナのドネツィク地方ソンツォフカで生まれた。9歳でオペラを作曲した神童。ペテルブルク音楽院で学び、卒業時に「打鍵の鋼鉄性」と評された強烈なピアノ演奏で評価された。
ロシア革命後にアメリカ・ヨーロッパで活動するが、1936年にソ連へ帰国。スターリンの「フォルマリズム批判」(1948年)で苦境に立たされた。多くの作品を書き直すよう強制され、精神的に追い込まれた。
1953年3月5日、奇しくもスターリンと同日に61歳で死去。スターリンの死の混乱で、プロコフィエフの死は翌日の新聞で小さく報じられただけだった。
音楽スタイル
厳格な対位法と現代的不協和音、機械的リズム、皮肉なユーモア、突然の叙情的転換 — 20世紀音楽のエッセンス。ピアノソナタ9曲、ピアノ協奏曲5曲は、20世紀ピアノレパートリーの中核。
代表作品
ピアノソナタ第7番 Op.83「戦争ソナタ」
第二次大戦中の傑作。第3楽章のドラマは衝撃的。
ピアノソナタ第8番 Op.84
「戦争ソナタ三部作」の第三作。最も叙情的。
ピアノ協奏曲第3番 Op.26
技巧と叙情の融合した代表的協奏曲。
束の間の幻影 Op.22(20曲)
短い小品集。各曲が独立した小宇宙。
ロメオとジュリエット Op.75(ピアノ独奏編)
バレエ音楽からの抜粋。「モンタギュー家とキャピュレット家」が有名。
3つのオレンジへの恋 行進曲
歌劇からのピアノ編曲。皮肉なユーモア。
束の間の幻影、悪魔的暗示 Op.4-4
若き日の革新的小品。
聖地巡礼
生家跡
ソンツォフカ
ウクライナ・ドネツィク州
戦争で破壊されたが記念碑あり。
住居
プロコフィエフ博物館
Kamergerskii Pereulok 6, Moscow
晩年を過ごしたモスクワのアパート。
墓
ノヴォデヴィチ墓地
モスクワ
スクリャービン、ショスタコーヴィチと並ぶ。
姿と場所
影響関係
影響を受けた
- ショパン(少年期)
- ストラヴィンスキー
- ロシア民謡
影響を与えた
- ショスタコーヴィチ
- 現代ピアノ書法全般
学習者にとって
「束の間の幻影」の小品は中〜上級。ソナタは上級〜プロ向け。第7番第3楽章は超絶技巧曲として有名。