生涯
1678 年、ヴェネツィアで生まれた。父はサン・マルコ寺院のヴァイオリン奏者。25 歳でカトリックの司祭に叙階されたが、その赤毛の容貌から「赤毛の司祭」と呼ばれた。
40 年以上にわたりピエタ慈善院音楽学校で女子学生たちに音楽を指導。彼女たちのために 500 曲以上の協奏曲(うち 230 曲がヴァイオリン協奏曲)を書いた。「四季」は今もクラシック音楽史で最も知られる作品の一つ。
晩年は人気が衰え、1741 年にウィーンで貧困のうちに 63 歳で世を去った。バッハが彼の協奏曲をチェンバロ用に編曲したことで、バロック後期の作曲家として再評価された。
人となり
ヴィヴァルディの人となりを示す 4 つの側面。
身分
司祭でありながら
カトリックの司祭でありながらも、ミサを行わず音楽家として活動した。喘息が理由とされる。
教育
ピエタ音楽院
孤児女子のための慈善院で 40 年間音楽を教えた。彼女たちのために膨大な作品を残した。
創作
500 曲の協奏曲
生涯で 500 曲以上の協奏曲、46 のオペラ、73 のソナタを残した量産家。
影響
バッハによる発見
バッハがヴィヴァルディの協奏曲を鍵盤用に編曲したことで、バロック後期の代表として再評価された。
代表作品(ピアノで弾ける)
「四季」より「春」(ピアノ編)
世界で最も親しまれるクラシック音楽。ピアノ独奏編曲も多数。
「四季」より「冬」(ピアノ編)
第2楽章 ラルゴが特に有名な静謐な小品。
協奏曲 ニ短調 RV 565(バッハ編 BWV 596)
バッハがオルガン用に編曲した版が有名。
協奏曲 イ短調 Op.3-6(バッハ編 BWV 593)
チェンバロ用編曲がピアノ学習者に親しまれる。
グロリア RV 589(ピアノ編)
宗教曲の名作だがピアノ伴奏譜も普及。