Composers

作曲家

Composer Profile

ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(E.G.ハウスマン作、1748年)
1685 – 1750 ドイツ バロック

ヨハン・ゼバスティアン・バッハ

「音楽の父」 — 鍵盤音楽の語法そのものを定義した人物。

生涯

1685年、ドイツ中部のアイゼナハで音楽家の家系(バッハ一族は7代続く音楽家系)に生まれた。9歳で母を、10歳で父を失い、長兄ヨハン・クリストフのもとに引き取られて音楽を学ぶ。15歳でリューネブルクの聖ミカエル学校に進み、北ドイツ・オルガン楽派を吸収した。

各地のオルガニスト・宮廷楽長を歴任。1723年から死ぬまで、ライプツィヒの聖トーマス教会のカントル(音楽指導者)として、毎週新しいカンタータを作曲しながら教鞭を執った。生涯で 1000曲以上 を残したとされる。

晩年は視力を失い、白内障の手術後の合併症で1750年に65歳で世を去った。生前の評価は「優れたオルガニスト」止まりで、作曲家としての真価が認められたのは死後80年以上経ってから。19世紀にメンデルスゾーンが「マタイ受難曲」を再演したことが、バッハ復活の決定打となった。

人となり

バッハは 厳格な職人気質と深い信仰心 を併せ持つ人物だった。妥協を許さない頑固な性格で、雇用主との衝突も多かったが、家族に対しては愛情深い父親だった。20人の子供をもうけ(半数は早逝)、息子たちにも音楽を徹底的に教え込んだ。

気質
厳格・職人気質
妥協を許さず、徹底的に磨き上げる職人気質。仕事のクオリティを下げる人物には容赦なかった。
信仰
敬虔なルター派
楽譜の最後に必ず「S.D.G.(神のみ栄光あれ)」と書いた。音楽を「神への奉仕」として捉えた。
家族
20人の子の父
2人の妻との間に20人の子供。半数は幼児期に亡くなったが、4人の息子は後の有名作曲家となった。
短気な一面
激しい喧嘩
学生のオルガン奏者を「下手なヤギ」と罵り、後に決闘騒ぎになった逸話が残る。雇用主との衝突も度々。
学習熱
生涯の写譜
他人の楽譜を手で書き写して研究することを生涯続けた。月明かりで写譜したエピソードは有名。
愛したもの
コーヒーとビール
「コーヒーカンタータ」を書くほどコーヒー好き。ライプツィヒのツィンマーマン珈琲店で日常的に演奏会を開催。
音楽の最終目的は、神への栄光と魂の慰めである。 バッハ(自筆譜より)

一日のルーティン

ライプツィヒ時代のバッハは、聖トーマス教会カントルとして 毎週日曜のカンタータ を書き続けた。教育・指揮・作曲・演奏のすべてをこなす超人的な仕事量だった。

5:00–6:00 早朝に起床。家族の朝食、聖書を読む。
6:00–8:00 作曲。最も集中できる時間として早朝を確保した。
8:00–12:00 聖トーマス学校での授業(音楽理論・歌・ラテン語など)。
12:00–14:00 昼食、家族との時間。
14:00–18:00 合唱団の指導、リハーサル、教会音楽の準備。
18:00–21:00 作曲の続き、または弟子へのレッスン、写譜作業。
日曜日 教会で新作カンタータの初演を指揮。約200曲のカンタータがこの形で生まれた。

音楽スタイル

バッハの音楽の核心は 対位法(ポリフォニー) にある。複数の独立した声部が、それぞれ独自のメロディを持ちながら、和声的にも調和して進む音楽。一つの主題を様々な姿に変奏し、絡み合わせる「フーガ」の形式を完成形にまで高めた。

厳密に言えば、バッハは現代のピアノのための音楽は書いていない。彼が使ったのはチェンバロ・クラヴィコード・オルガンであり、ピアノはバッハの晩年に発明された新しい楽器に過ぎなかった。それでも彼の鍵盤作品は、現代のピアニストにとって最も重要なレパートリーの一つとなっている。

全作品リスト(主要・抜粋)

鍵盤独奏

  • 1722平均律クラヴィーア曲集 第1巻 BWV 846-869
  • 1723インヴェンションとシンフォニア BWV 772-801
  • 1722-25フランス組曲 BWV 812-817
  • 1715-22イギリス組曲 BWV 806-811
  • 1726-30パルティータ BWV 825-830
  • 1741ゴルトベルク変奏曲 BWV 988
  • 1742平均律クラヴィーア曲集 第2巻 BWV 870-893
  • 1748フーガの技法 BWV 1080

オルガン作品

  • 1707トッカータとフーガ ニ短調 BWV 565(実際の作曲年は議論あり)
  • 多数コラール前奏曲集
  • 1730頃パッサカリアとフーガ ハ短調 BWV 582

協奏曲・管弦楽

  • 1721ブランデンブルク協奏曲 BWV 1046-1051
  • 多数管弦楽組曲 BWV 1066-1069
  • 多数チェンバロ協奏曲(自作)

声楽(教会音楽)

  • 約200曲教会カンタータ(毎週の礼拝用)
  • 1727マタイ受難曲 BWV 244
  • 1724ヨハネ受難曲 BWV 245
  • 1734クリスマス・オラトリオ BWV 248
  • 1749ロ短調ミサ BWV 232

室内楽・無伴奏

  • 1720頃無伴奏ヴァイオリンソナタとパルティータ BWV 1001-1006
  • 1720頃無伴奏チェロ組曲 BWV 1007-1012

代表作品(ピアノで弾ける)

ピアノ史への貢献

バッハがピアノ音楽に残した最大の遺産は、「鍵盤楽器で何ができるか」の体系化 だった。指の独立、両手の役割分担、対位法、アーティキュレーション、和声の進行 — これらすべてが、彼の作品で精緻に定式化されている。

ピアノ学習者の標準コースは、おおむね「インヴェンション → シンフォニア → 平均律」と進む。これは事実上、世界共通の鍵盤音楽教育プログラムになっている。バッハから逃げることは、ピアノ学習者にとって不可能に近い。

聖地巡礼

バッハゆかりの地は、ドイツ中部に集中している。「バッハ街道(Bachstraße)」と呼ばれる観光ルートも整備されている。ライプツィヒ・アイゼナハ・ヴァイマル・ケーテンを巡る2〜3日の旅が定番。

生家・博物館
バッハハウス(Bachhaus Eisenach)
Frauenplan 21, 99817 Eisenach, Germany
バッハの生家とされる建物にある世界最大級のバッハ博物館。歴史的鍵盤楽器の演奏デモが毎時行われ、バッハの音を当時の楽器で体感できる。
アイゼナハ中央駅から徒歩15分。年中無休(一部祝日除く)。
墓・職場
聖トーマス教会(Thomaskirche Leipzig)
Thomaskirchhof 18, 04109 Leipzig, Germany
バッハが27年間カントルを務め、毎週新しいカンタータを初演した教会。祭壇前にバッハの墓がある。今も毎週金・土曜にトーマナー合唱団のモテット演奏が行われる。
ライプツィヒ中央駅から徒歩10分。教会内見学無料。
博物館
バッハ博物館 ライプツィヒ(Bach-Museum Leipzig)
Thomaskirchhof 15/16, 04109 Leipzig
聖トーマス教会の真向かいにある、最新研究を反映した博物館。直筆譜の展示、バッハ家系の解説、当時の楽器の音響体験など。
聖トーマス教会から道路を渡って2分。火〜日曜開館。
職場跡
バッハ・ハウス ケーテン
Schlossplatz 4, 06366 Köthen
バッハが1717-1723年に宮廷楽長として勤めた城。「ブランデンブルク協奏曲」「無伴奏チェロ組曲」など、世俗音楽の傑作がここで生まれた。
ライプツィヒから列車で約1時間。
宮廷
ヴァイマル城(Stadtschloss Weimar)
Burgplatz 4, 99423 Weimar
バッハが1708-1717年に宮廷オルガニストを務めた地。多くのオルガン作品がここで生まれた。城内に当時の音楽資料も。
ヴァイマル中央駅から徒歩15分。ゲーテも住んだ街。
音楽祭
ライプツィヒ・バッハ音楽祭
毎年6月、ライプツィヒ市内
世界的なバッハ音楽祭。世界中の演奏家がライプツィヒに集まり、聖トーマス教会・ニコライ教会で数百のコンサートが開催される。
公式サイト「Bachfest Leipzig」でチケット予約。
バッハ街道2泊3日コース:1日目アイゼナハ(生家博物館)→ 2日目ライプツィヒ(聖トーマス教会・バッハ博物館・金曜モテット)→ 3日目ヴァイマル+ケーテン。ベルリンやフランクフルトから列車で各地へアクセスしやすい。

逸話

バッハには20人の子供がいた。そのうちカール・フィリップ・エマヌエル・バッハとヨハン・クリスティアン・バッハは、後に父を超える名声を得た作曲家になった。「J.S.バッハ」と呼ばれるのは、息子たちと区別するため。

モーツァルトは少年時代、バッハの息子ヨハン・クリスティアンからピアノを学んだ。ベートーヴェンは「あれは小川(Bach)ではなく、海だ」と評した(ドイツ語のBachは「小川」の意)。19世紀に再発見されてから、ピアノ教育の中心に置かれ続けている。

1705年、若きバッハは北ドイツのリューベックまで 400kmを徒歩 で旅し、当時の大家ブクステフーデのオルガンを聴きに行った。許可された休暇は4週間だったが、バッハは4ヶ月不在となり、雇用主の怒りを買った。

影響関係

影響を受けた

  • ブクステフーデ(オルガン)
  • ヴィヴァルディ(協奏曲構造)
  • パッヘルベル
  • 北ドイツ・オルガン楽派

影響を与えた

  • モーツァルト(息子J.C.経由で)
  • ベートーヴェン
  • ショパン(対位法学習)
  • メンデルスゾーン(バッハ復興者)
  • 20世紀以降のすべての作曲家

学習者にとって

「バッハは退屈」と感じる初級者は多い。しかし中級以上に進むと、バッハの作品で身につけた「両手の独立」「対位法的聴き方」が、すべての音楽の基礎になっていることに気づく。

初級者には メヌエット ト長調 BWV Anh.114 から、中級にはインヴェンション、上級には平均律という王道のコースがある。「フーガを聴きながら3声を聴き分ける」訓練は、ピアノを生涯学ぶ人なら誰もが通る道。