Composers

作曲家

Composer Profile

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(ヨーゼフ・カール・シュティーラー作、1820年)
1770 – 1827 ドイツ 古典派〜ロマン派

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン

ピアノを「楽器」から「劇場」へと変えた革命家。

生涯

1770年、ボンで音楽家の家系に生まれた。父は宮廷歌手だったが、アルコール依存症で家庭は貧しかった。父はベートーヴェンを「第二のモーツァルト」にしようと厳しく訓練し、深夜に泣く息子をピアノの前に立たせて練習させたという。10代で母を失い、家計を支えながら音楽を学ぶ。22歳でウィーンに移り、ハイドンに師事した。

20代後半から進行性の難聴に苦しみ、30歳頃には会話が困難になった。1802年の「ハイリゲンシュタットの遺書」で自殺を考えるほど追い詰められたが、「芸術が私を引き止めた」と書き、作曲を続けた。完全に聴力を失ってからも、創造力は衰えるどころか深みを増した。1827年、56歳で世を去った。葬列には2万人が集まったという。

人となり

ベートーヴェンは 激しい性格・癇癪持ち・革命家気質 の持ち主だった。しかし同時に、深い友情を結び、自然を愛し、貧しい人を助ける優しさも持っていた。難聴と闘いながら作曲を続けた精神力は、現代でも英雄視される。

気質
激情・癇癪
気に入らないと家具を投げる、料理が悪いと給仕に皿を投げる、と逸話多数。短気だが愛情深い面も。
政治観
革命家
フランス革命を支持し、ナポレオンを尊敬していた(ナポレオンが皇帝になると失望)。「人間の自由」を作品に込めた。
自然愛
散歩で作曲
紙とペンを持って何時間も森を散歩。「田園交響曲」もこうして生まれた。自然は彼の創造の源。
食生活
無頓着・荒い
食事に無関心で、適当なメニューが多かった。ワインを愛し、安価なドナウワインを好んだ。
難聴との闘い
補聴ロッド
作曲時は鉛筆を歯で噛み、ピアノに繋げて振動を「聴いた」。会話帳で人とコミュニケーションを取った。
転居マニア
生涯60回以上
ウィーンに移ってから60回以上引っ越した。家賃滞納、騒音、気分転換 — 理由は様々。
苦悩を突き抜けて歓喜に至れ。 ベートーヴェン(自筆メモより)

一日のルーティン

ベートーヴェンは 規則正しい朝型生活 で知られた。早朝の作曲、長い散歩、ワインと共にする食事 — このパターンを生涯変えなかった。

5:30–6:00 起床。コーヒーを淹れる(豆を必ず60粒数えて入れた)。
6:30–14:30 作曲。8時間の集中作業。誰の訪問も拒否した。
14:30–15:30 遅い昼食。レストランで取ることが多かった。料理が気に入らないと癇癪を起こした。
15:30–17:30 長い散歩。ウィーンの森・ドナウ運河沿い。常に紙と鉛筆を携帯。
17:30–22:00 仕事の続き、または友人とビアホールで議論。難聴後はこの時間が会話帳での交流に。
22:00 就寝。早寝早起きを生涯通した。

音楽スタイル

ベートーヴェンの登場で、ピアノは 「上品なサロンの楽器」から「人類の感情を爆発させる装置」 へと姿を変えた。強烈なコントラスト、ピアニッシモからフォルティッシモへの突然の落差、長い静寂、爆発的な和音、ドラマチックな転調。

難聴と闘いながら作曲したことが、内省と激情を併せ持つ独自の音楽語法を生んだ。「悲愴」「月光」「熱情」「ハンマークラヴィーア」「ヴァルトシュタイン」 — タイトル付きの作品が多いのも、彼が音楽に「物語性」を持ち込んだ証である。

全作品リスト(主要)

ピアノソナタ(全32曲)

  • Op.13第8番 ハ短調「悲愴」
  • Op.27-2第14番 嬰ハ短調「月光」
  • Op.53第21番 ハ長調「ヴァルトシュタイン」
  • Op.57第23番 ヘ短調「熱情」
  • Op.81a第26番 変ホ長調「告別」
  • Op.106第29番 変ロ長調「ハンマークラヴィーア」
  • Op.109第30番 ホ長調
  • Op.110第31番 変イ長調
  • Op.111第32番 ハ短調(最後のソナタ)

ピアノ協奏曲・変奏曲

  • Op.15ピアノ協奏曲第1番 ハ長調
  • Op.37ピアノ協奏曲第3番 ハ短調
  • Op.58ピアノ協奏曲第4番 ト長調
  • Op.73ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調「皇帝」
  • Op.120ディアベリ変奏曲

交響曲(全9曲)

  • Op.55第3番 変ホ長調「英雄」
  • Op.67第5番 ハ短調「運命」
  • Op.68第6番 ヘ長調「田園」
  • Op.92第7番 イ長調
  • Op.125第9番 ニ短調「合唱付き」

弦楽四重奏曲(全16曲)

  • Op.59「ラズモフスキー」3曲
  • Op.131第14番 嬰ハ短調(後期4曲の一つ)
  • Op.135第16番 ヘ長調(最後の作品)

歌劇・声楽

  • Op.72歌劇「フィデリオ」(唯一の歌劇)
  • Op.123ミサ・ソレムニス
  • Op.98連作歌曲集「遥かなる恋人に寄す」

代表作品(ピアノ)

ピアノ史への貢献

32曲のピアノソナタは、ピアノ音楽の 「新約聖書」 と呼ばれる。バッハの平均律(旧約聖書)と並ぶ、ピアニストが生涯かけて取り組む対象である。初期から後期まで、ベートーヴェンの精神的進化が音となって残されている。

音楽の楽器としてのピアノを、「弾き方」「響き」「機能」のすべてで拡張した。ペダルの革新的使用、極限のダイナミクス、リズムの破壊的な扱い — ロマン派以降のピアノ音楽はすべてベートーヴェンが切り開いた地平の上に立っている。

聖地巡礼

ベートーヴェンゆかりの地は、生地ボンと活動拠点ウィーンの2都市。ボンには生家博物館、ウィーンには複数の住居跡と中央墓地がある。両都市を結ぶ旅は、ベートーヴェンの人生をなぞる体験になる。

生家
ベートーヴェンハウス(Beethoven-Haus Bonn)
Bonngasse 24-26, 53111 Bonn, Germany
1770年にベートーヴェンが生まれた家。世界最大のベートーヴェン関連資料を所蔵。彼の使った補聴器、自筆譜、楽器の展示。室内楽ホールも併設。
ボン中央駅から徒歩10分。年中無休(一部祝日除く)。
遺書の家
ハイリゲンシュタット遺書の家
Probusgasse 6, 1190 Wien
1802年にベートーヴェンが「遺書」を書いた家。難聴の絶望からの再起の地。質素な住居が現在は博物館として公開されている。
地下鉄U4線ハイリゲンシュタット駅から徒歩15分。火〜日曜開館。
住居
パスクァラティハウス(Pasqualatihaus)
Mölker Bastei 8, 1010 Wien
ベートーヴェンが断続的に8年間住んだ家。「フィデリオ」「交響曲第4番〜第8番」の多くがここで生まれた。最上階の博物館が公開されている。
市電1番ショッテンリンク駅から徒歩5分。
墓地
ウィーン中央墓地 音楽家エリア
Simmeringer Hauptstraße 234, 1110 Wien
ベートーヴェンの墓。シューベルト・ブラームス・シュトラウス一族と共に「音楽家の墓」エリアの中心に置かれている。墓前には常に花が絶えない。
市電71番で中央墓地下車。第32A門近く。
ホール
ベートーヴェン・ホール ボン
Wachsbleiche 16, 53111 Bonn
ボンを代表するコンサートホール。毎年9月の「ベートーヴェン音楽祭」の中心会場。世界中のオーケストラ・ピアニストが集まる。
ボン中央駅から徒歩15分。
記念碑
ベートーヴェン像(ミュンスター広場)
Münsterplatz, 53111 Bonn
ボンの中心にある銅像。1845年に建立、フランツ・リストが除幕式に出席し演奏した。ボンの象徴。
ボン中央駅から徒歩5分。生家博物館とセットで訪問可。
ベートーヴェン2都市3日コース:1日目ボン(生家・ベートーヴェン像・ホール)→ 2日目ボンからウィーンへ移動 → 3日目ウィーン(ハイリゲンシュタット遺書の家・パスクァラティハウス・中央墓地)。フランクフルト・ミュンヘン経由でアクセス。

逸話

難聴が進行した晩年、彼は鉛筆と帳面を使った「会話帳」で人とコミュニケーションを取った。約400冊が現存しており、晩年の人物像を生々しく伝えている。

「不滅の恋人への手紙」と呼ばれる謎の手紙が遺品から発見された。宛先は明記されておらず、誰に向けたものかは今も論争が続く。

1824年の交響曲第9番初演では、聴衆の拍手喝采が聞こえなかったベートーヴェンが客席に背を向けたまま指揮を続け、ソリストに身体を回されて初めて拍手を「見た」逸話が残る。

コーヒーが大好きで、毎朝必ず 豆を60粒数えて から淹れた。「これでこそ完璧なコーヒー」と語った。

影響関係

影響を受けた

  • J.S.バッハ(対位法)
  • モーツァルト(古典形式)
  • ハイドン(直接の師)

影響を与えた

  • シューベルト
  • シューマン
  • ブラームス(「ベートーヴェンの影」)
  • ワーグナー
  • すべての後世の作曲家

学習者にとって

ピアノ学習者の道のりは、しばしばベートーヴェンと共に進む。「エリーゼのために」(中級入口)→「悲愴第2楽章」「月光第1楽章」(中級)→「悲愴第1楽章」「ヴァルトシュタイン」(上級)→「熱情」「ハンマークラヴィーア」「後期ソナタ」(最上級)と進んでいく。

後期ソナタは 技術的にも精神的にも ピアノ学習者にとって最後の関門。Op.111のアリエッタ(変奏)には、ピアニストが生涯をかけて到達する境地がある。