生涯
1756年、ザルツブルクで宮廷音楽家の息子として生まれた。父レオポルトの教育のもと、3歳でクラヴィーアを弾き、5歳で作曲を始める。6歳から父に連れられてヨーロッパ各地で「神童」として演奏旅行をした。マリア・テレジア女帝、ルイ16世、ジョージ3世らの前で演奏した。
後年は父との衝突、ザルツブルクの宮廷音楽家としての不遇、ウィーンでのフリーランス活動を経験。生涯にわたり経済的困窮と戦いながら、35年の短い人生で 600曲以上 を残した。1791年、レクイエム制作中に病で世を去った。妻コンスタンツェへの最後の手紙は「私のためのレクイエムを書いている」だった。
人となり
モーツァルトは 天才肌で子供っぽい遊び心 を持つ人物だった。神童として育ったが、社会人としては苦労した。手紙には驚くほど下品なユーモア(スカトロジカルなジョーク)が満ちており、「神童」のイメージとは違う人間臭さが見える。
私はただ、それを書き留めるだけだ。 モーツァルト(手紙より)
一日のルーティン
晩年のウィーン時代、モーツァルトは 朝6時から夜中まで活動する超多忙な毎日 を送っていた。自筆の手紙にこのスケジュールが詳細に残されている。
音楽スタイル
モーツァルトの音楽は、初心者でも触れられるほど明快で、しかしプロが弾いても「これでよし」とはならない難しさを持つ。装飾の少ない透明な書法、隠せないミス、表面的な美しさの下にある精緻な構造。「水のように澄んでいる」 と評される所以である。
古典派の理想形 — 明快な形式、対称性、優美なメロディ、洗練されたユーモア。ベートーヴェンが「ぶつかる音楽」なら、モーツァルトは「滑る音楽」。一切の不純物を許さない、ピアノ的な「音の透明性」が問われる。
全作品リスト(主要・抜粋)
ピアノソナタ(全18曲)
- K.279-284初期ソナタ(ザルツブルク時代)
- K.310ピアノソナタ第8番 イ短調(母の死後)
- K.331ピアノソナタ第11番 イ長調「トルコ行進曲付き」
- K.332ピアノソナタ第12番 ヘ長調
- K.545ピアノソナタ第16番 ハ長調「子供のためのソナタ」
- K.570ピアノソナタ第17番 変ロ長調
- K.576ピアノソナタ第18番 ニ長調(最後のソナタ)
ピアノ協奏曲(27曲)
- K.466第20番 ニ短調(最も人気の協奏曲)
- K.467第21番 ハ長調
- K.488第23番 イ長調(第2楽章が美しい)
- K.491第24番 ハ短調
- K.595第27番 変ロ長調(最後の協奏曲)
歌劇(重要作)
- 1786フィガロの結婚 K.492
- 1787ドン・ジョヴァンニ K.527
- 1790コジ・ファン・トゥッテ K.588
- 1791魔笛 K.620
交響曲(41曲)
- K.550第40番 ト短調
- K.551第41番 ハ長調「ジュピター」(最後の交響曲)
室内楽・宗教音楽
- K.581クラリネット五重奏曲
- K.467セレナーデ第13番「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」
- K.626レクイエム ニ短調(未完)
代表作品(ピアノで弾ける)
ピアノ史への貢献
モーツァルトはピアノを 「個人の声」を表現する楽器 へと変えた最初の作曲家である。それまで貴族のサロンの装飾だったクラヴィーア音楽が、彼の手で「主体性を持った音楽」になった。
ピアノ協奏曲も20曲以上を残し、独奏楽器とオーケストラの対話の理想形を確立。後のベートーヴェン、ショパン、ブラームスのピアノ協奏曲はすべてモーツァルトの土台の上に立つ。
聖地巡礼
モーツァルトゆかりの地は、生まれ故郷のザルツブルクと最後を過ごしたウィーンに集中している。両都市はオーストリアを代表する観光地で、モーツァルト関連スポットだけで2〜3日の旅程が組める。
逸話
幼少期の旅行記録には数々の伝説が残る。ロンドン滞在中(8歳)、王立協会の科学者の前で目隠しをして即興演奏した。バチカンで「アレグリのミゼレーレ」(門外不出の楽譜)を一度聴いただけで完全に書き起こした。
晩年、貧困と病で苦しみながらも作曲は止まらなかった。死の床で書かれた未完の「レクイエム」は、弟子のジュスマイヤーが補筆して完成させた。ウィーンの貧民墓地に葬られ、墓所は不明のまま。
モーツァルトの遺体は 「貧民の共同埋葬」 という当時の制度で葬られた。雨の悪天候で葬列に同行者がいなかったという「悲しい逸話」は後世の創作で、実際は単に当時の質素な葬送だっただけ、とする説もある。
影響関係
影響を受けた
- 父レオポルト・モーツァルト
- J.C.バッハ(バッハの末子)
- ハイドン(友人で師匠的存在)
影響を与えた
- ベートーヴェン
- シューベルト
- ショパン
- すべての古典派・ロマン派
学習者にとって
モーツァルトの作品は 「ピアノの音そのもの」を試される。装飾やペダルでごまかせない、剥き出しの音の美しさが求められる。タッチが浅い、リズムが甘い、フレーズの呼吸が悪い — すべてが見えてしまう。
初級者には K.545、中級者には K.310・K.332、上級者には協奏曲やソナタの後期作品。プロでも一生をかけて取り組む対象であり、シュナーベルやウチダ・ミツコのように、晩年にモーツァルトを録音し直す名匠は多い。