生涯
1819 年、ライプツィヒでピアノ教師ヴィークの娘として生まれた。父の英才教育で 9 歳で公開デビュー、11 歳でショパンに賞賛され、ヨーロッパ中で「神童」と称された。
1840 年、父の猛反対を押し切ってロベルト・シューマンと結婚。8 人の子を産み育てながら演奏活動を続け、夫の死後は彼の作品を世界に広める使命に生涯を捧げた。
ブラームスとは 1853 年以降 40 年以上の深い友情で結ばれた。1896 年、フランクフルトで 76 歳の生涯を閉じた。墓は夫ロベルトと並んで建っている。
人となり
クララ・シューマンの人となりを示す 4 つの側面。
一日のルーティン
クララは 演奏活動・育児・夫の看護 を生涯にわたって両立した。1 日は早朝から夜まで密度が高く、特にロベルト存命中は家庭と公演スケジュールの綱渡り。
音楽スタイル
クララの作曲は 夫ロベルトの影響 を強く受けながらも、独自の繊細さと内省的な深さを持つ。形式はソナタ・ロンド・性格小品を中心に、シューマン的な詩情と、より古典的な明晰さを併せ持つ。
若い頃は華やかなヴィルトゥオーゾ・ピース(協奏曲・カプリス)を多く書いたが、結婚後は 内省的な性格小品 に傾倒。ロベルトの死後はほとんど作曲をやめ、夫の作品を世界に広める「演奏家」としての使命に専念した。
ピアニストとしては 「歌うように弾く」 ことを徹底。当時主流だったヴィルトゥオーゾ的派手さを排し、ベートーヴェン・シューマン・ショパンを「内的世界の表現」として演奏する近代的なスタイルを確立した。
全作品リスト(主要)
ピアノ独奏
- Op.5 4つのキャラクター小品
- Op.6 「音楽の夜会」 6曲
- Op.10 スケルツォ ニ短調
- Op.15 「4つの小品」
- Op.20 ロベルト・シューマンの主題による変奏曲
- Op.21 3 つのロマンス
協奏曲・室内楽
- Op.7 ピアノ協奏曲 イ短調(15歳)
- Op.17 ピアノ三重奏曲 ト短調
- Op.22 3つのロマンス(ヴァイオリンとピアノ)
歌曲
- Op.12 ロベルト・シューマンとの共同詩集「愛の春」より3曲
- Op.13 6つの歌曲
- Op.23 リュッケルトの「ユクンデ」より6つの歌曲
代表作品(ピアノで弾ける)
ピアノ史への貢献
「演奏家としてのレパートリー観」 を刷新した最大の貢献者。当時、ピアニストは自作を弾くのが当たり前だったが、クララは ベートーヴェン・シューマン・ショパン・ブラームスら「他の作曲家の作品」を体系的に演奏。これが現代の「ピアノ独奏会」の原型となった。また女性が職業音楽家として活動できる道を開いた歴史的存在。
聖地巡礼
クララゆかりの地は ライプツィヒ(生地)・デュッセルドルフ(夫と暮らした地)・フランクフルト(終焉の地)・ボン(夫の墓)。
逸話
クララにまつわる逸話は、19 世紀の音楽界の縮図そのもの。
影響関係
学習者にとって
「3 つのロマンス Op.21」 第 1 番 はクララ入門に最適。中級者で弾ける詩情豊かな短い作品。次に スケルツォ Op.10(上級)でヴィルトゥオーゾ的な面を知る。協奏曲は 15 歳の作とは思えぬ完成度。彼女の作品を弾くことは、19 世紀の「もう一人の天才」を蘇らせる行為。