生涯
1714 年、J.S. バッハの次男として生まれた。父から徹底的な音楽教育を受け、20 代でフリードリヒ大王の宮廷チェンバロ奏者として 30 年間プロイセン宮廷に仕えた。
1768 年に父の代父テレマンの後任としてハンブルクの音楽監督に就任、20 年間その地位を務めた。生前は父よりも有名で、ハイドン・モーツァルト・ベートーヴェンらに大きな影響を与えた。
チェンバロからフォルテピアノへの移行期に活躍し、感情表現を重視する「多感様式(Empfindsamer Stil)」を確立。1788 年にハンブルクで 74 歳で世を去った。
人となり
C.P.E.バッハの人となりを示す 4 つの側面。
家系
バッハ一族の継承者
J.S.バッハの 4 人の息子のうち、最も成功した。「ハンブルクのバッハ」と呼ばれた。
革新
多感様式
父のバロック的均整から離れ、急変するダイナミクスと劇的な情感表現を強調する書法を確立。
教育
クラヴィーア教則本
1753 年「クラヴィーア奏法に関する真実の見解」は、当時の鍵盤楽器演奏の決定的教本。ベートーヴェンも読んだ。
影響
ハイドンへの直接影響
ハイドン自身が「私が知るすべては C.P.E.バッハから学んだ」と語った。
代表作品(ピアノで弾ける)
「プロイセン王のソナタ集」 Wq.48
6 つのソナタ。父の規範を離れた古典派初期の傑作。
「鑑識家とアマトゥール(愛好家)のためのクラヴィーア・ソナタ」 Wq.55
6 集にわたる代表的シリーズ。
「自由幻想曲」 Wq.67
即興的・情熱的な書法の頂点。
クラヴィーア協奏曲 ニ短調 Wq.23
ドラマチックな協奏曲。バロックとの境界。
「ソロフェルテ」
繊細な小品。