生涯
1532 年頃、フランドル地方のモンス(現在のベルギー南部)に生まれた。イタリア語形の「オルランド・ディ・ラッソ」の名でも広く知られる。美しいボーイソプラノの持ち主で、その歌声を惜しんだ貴族に少年時代に三度も誘拐されかけたという逸話が残る。
若くしてイタリアへ渡り、シチリア、ミラノ、ナポリ、ローマで研鑽を積んだ。ローマのサン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノ聖堂の楽長を務めたのち、1556 年からはドイツ・バイエルン公の宮廷(ミュンヘン)に迎えられ、生涯そこで楽長として活躍した。神聖ローマ皇帝や教皇から称号を授かるほどの名声を得た、真に国際的な音楽家であった。
ラッススは 2000 曲を超える作品を残した、ルネサンス最大の多作家である。ミサ、モテット、マドリガーレ、シャンソン、ドイツ語のリートと、当時あらゆる声楽ジャンルを手がけ、それぞれの言語と様式を完璧に操った。歌詞の感情を鮮烈に音で描き出すその劇的な表現力は、パレストリーナの静謐さと対をなす、ルネサンス多声音楽のもう一つの頂点である。
人となり
ラッススの人となりを示す 4 つの側面。
多作
2000 曲の宇宙
ミサからシャンソンまで、あらゆるジャンルに 2000 曲超を残したルネサンス最大の多作家。
国際性
4 つの言語を操る
ラテン語・イタリア語・フランス語・ドイツ語の歌詞を、まるで母語のように音楽化した。
表現
言葉を描く劇性
歌詞のドラマや感情を、大胆な半音階や描写的な音型で鮮やかに描き出した。
名声
皇帝に讃えられた楽長
神聖ローマ皇帝や教皇から栄誉を受け、存命中から国際的な名声を誇った。
代表作品(無料楽譜へ)
「シビュラの預言(プロフェティアエ・シビュラルム)」
大胆な半音階に満ちた、神秘的で先進的なモテット集。
「聖ペテロの涙(ラグリメ・ディ・サン・ピエトロ)」
最晩年の、21 のマドリガーレによる魂の連作。彼の遺言ともいえる大作。
「おーい、なんていいこだま(オラ・オ・ケ・ボン・エコ)」
二重合唱が呼び交わす、遊び心あふれるこだまの歌。
「ダビデの七つの悔悛詩篇」
深い祈りをたたえた、円熟期の宗教音楽の大作。
シャンソン「こんにちは、わが心(ボンジュール・モン・クール)」
ロンサールの詩による、優美で親しみやすいフランス語シャンソン。