Composers

作曲家

Composer Profile

ニコライ・メトネル
1880 – 1951 ロシア 近代

ニコライ・メトネル

ラフマニノフが「ロシア最大の同時代作曲家」と呼んだ、忘れられた巨匠。

生涯

1880 年、モスクワのドイツ系一家に生まれた。モスクワ音楽院でピアノを学び、最高位の金メダルを獲得。同時代のスクリャービン、ラフマニノフと並ぶピアノの巨匠と評価された。

20 代から作曲家・演奏家として頭角を現す。14 のピアノソナタは「ベートーヴェン以降最大のソナタ群」と評され、3 つのピアノ協奏曲も傑作。

ロシア革命後、1921 年に亡命。ドイツ・フランスを経てロンドンに定住。ラフマニノフの友人として支援を受けた。1951 年、ロンドンで 71 歳で世を去った。

人となり

メトネルの人となりを示す 4 つの側面。

友情
ラフマニノフの親友
互いの作品を捧げ合った生涯の友。ラフマニノフは「彼は我々の時代の最大の作曲家」と公言。
哲学
深い思想家
ベートーヴェン・ワーグナーを敬愛し、音楽の精神性を重視。「音楽のミューズと流行」という著書もある。
伝統
ロシア・ロマン派の最後
モダニズムに背を向け、ロマン派の伝統を守り抜いた。そのため 20 世紀には不当に忘れられた。
再評価
近年の復活
21 世紀に入って急速に再評価。ハミッシュ・ミルン、ハフ、ベレゾフスキらが録音。

一日のルーティン

メトネルの一日は 厳格な作曲スケジュール に支配されていた。亡命後も毎日同じリズムを守った。

8:00–9:00 起床、朝食。妻アンナとの静かな対話。
9:00–13:00 作曲。最も創造性の高い午前中に集中。ベートーヴェンと同じ習慣。
13:00–15:00 昼食、散歩。ロンドン郊外を歩く。
15:00–18:00 ピアノ練習、または新作の試演。
18:00–20:00 夕食、音楽談義。
20:00–22:00 読書(哲学・宗教書)、または楽譜研究。

音楽スタイル

メトネルの様式は 「ロシア・ロマン派の頂点」。ベートーヴェン的な構造性、ブラームス的な濃密さ、ロシア的な内省を独自に融合。

14 曲のピアノソナタ は彼の中核。ベートーヴェンのソナタ群以降、最も体系的で野心的なソナタ集と評される。「忘れられし調べ」「ソナタ・ロマンティカ」「ソナタ・トラジカ」など、副題付きの傑作多数。

「おとぎ話(Skazki)」 は彼独自のジャンル。短編のピアノ小品で、それぞれに物語的な要素を持つ。シューマンの「クライスレリアーナ」を思わせる詩情。生涯で 38 曲を書いた。

全作品リスト(主要)

ピアノソナタ(14 曲)

  • Op.5 ヘ短調
  • Op.11 ソナタ三部作(変イ・ヘ・嬰ハ短調)
  • Op.22 ト短調
  • Op.25 「夜の風」「ソナタ・トラジカ」
  • Op.27 「ソナタ・バラード」
  • Op.30 「戦争のソナタ」
  • Op.38 「忘れられた調べのソナタ・ロマンティカ」
  • Op.53 「ロマンティック・ソナタ」「ミネオラ・ソナタ」
  • Op.56 「ソナタ・イディリア」

協奏曲

  • Op.33 ピアノ協奏曲第1番 ハ短調
  • Op.50 ピアノ協奏曲第2番 ハ短調
  • Op.60 ピアノ協奏曲第3番 ホ短調「バラード」

おとぎ話・小品集

  • Op.8, 9, 14, 20, 26, 34, 35, 42, 48, 51 各種のおとぎ話
  • Op.38, 39, 40 「忘れられし調べ」
  • Op.31 「3 つのアラベスク」

代表作品(ピアノで弾ける)

ピアノ史への貢献

「20 世紀のロシア・ロマン派の最後の砦」。スクリャービンが神秘主義へ、ラフマニノフが叙情主義へ、ストラヴィンスキーが原始主義へ向かう中、メトネルは 「ベートーヴェン的な厳格な構造性」 を貫いた。彼の 14 ソナタは、ベートーヴェンの 32 ソナタに次ぐ「ピアノソナタ史上最大の体系的成果」。

聖地巡礼

メトネルゆかりの地は モスクワ(生地)・ロンドン(終焉の地)

生家
メトネル記念博物館(モスクワ)
ulitsa Bolshaya Lubyanka, Moscow
メトネル家の住居跡。一部資料がモスクワ音楽院図書館に保管。
モスクワ地下鉄 Lubyanka 駅から徒歩 5 分。
墓所
ヘンドン墓地(ロンドン)
Hendon Cemetery, NW7 1NB London
ロンドン郊外の墓地。妻アンナと並んで眠る。
ロンドン地下鉄 Hendon Central 駅から徒歩 10 分。

逸話

メトネルとラフマニノフの友情は、20 世紀音楽史で最も深い友情の一つとされる。

ラフマニノフからの献呈
ラフマニノフは「ピアノ協奏曲第4番」をメトネルに、メトネルは「ピアノ協奏曲第2番」をラフマニノフに献呈し合った。
革命前夜
1917 年ロシア革命の混乱の中、メトネルは妻と汽車で命がけで国外脱出。荷物のほとんどを失った。
英雄的ロンドン録音
70 歳のとき、インドのマハラジャ・オブ・マイソールが私財でメトネルの全ピアノ作品を録音するレーベルを設立。これが彼の作品が後世に残った最大の理由。
哲学者
「音楽のミューズと流行」(1935)という著書で、現代音楽(モダニズム)を厳しく批判。「美と真理を見失った」と論じた。

影響関係

学習者にとって

Op.20-1「ソナタの形のおとぎ話」 から始めるのがおすすめ。中級者でも弾ける詩情あふれる短編。次に 「忘れられし調べ Op.38-1」 で叙情的メロディを学ぶ。上級者は 「ソナタ・トラジカ Op.39-5」 で彼の真髄に触れる。彼の作品を弾くことは「忘れられた巨匠を蘇らせる」喜び。