生涯
1809年、ハンブルクの裕福な銀行家の家に生まれた。祖父は哲学者モーゼス・メンデルスゾーン。教養豊かな環境で英才教育を受け、9歳で公開演奏、12歳で交響曲を作曲した、本物の神童。
20歳の時、ベルリンでバッハの「マタイ受難曲」を死後初めて再演。これがバッハ復興運動の決定打となり、忘れられかけていたバッハの偉大さを世に取り戻した。
ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の指揮者として、ヨーロッパ音楽界の中心に。妻と4人の子をもうけたが、姉ファニーの突然の死に深く傷つき、その6ヶ月後に38歳で死去した。
音楽スタイル
メンデルスゾーンの音楽は古典派の明晰さとロマン派の歌心を併せ持つ。情緒に溺れず、形式美を保ちながら甘美に歌う。「無言歌」は彼の発明したジャンルで、文字通り「歌詞のない歌」をピアノで表現する。
代表作品
無言歌集 Op.19, 30, 38, 53, 62, 67, 85, 102(全48曲)
ピアノで「歌う」ための小品集。「春の歌」「ベニスの舟歌」など。
厳格な変奏曲 Op.54
古典的形式を踏まえた、技巧と深みの両立した変奏曲。
ピアノ協奏曲第1番 ト短調 Op.25
20歳で書いた、技巧と歌に満ちた華麗な協奏曲。
ピアノ協奏曲第2番 ニ短調 Op.40
より成熟した第2番。叙情と技巧の融合。
ロンド・カプリチオーソ Op.14
発表会の定番。優美と技巧の小品。
「真夏の夜の夢」結婚行進曲
演奏会用組曲のピアノ編曲。世界中の結婚式で。
聖地巡礼
住居・博物館
メンデルスゾーンハウス
Goldschmidtstraße 12, 04103 Leipzig
ライプツィヒでの最後の住居。世界唯一のメンデルスゾーン博物館。
ホール
ゲヴァントハウス・ライプツィヒ
Augustusplatz 8, 04109 Leipzig
彼が指揮者を務めた老舗オーケストラの本拠地。
墓
ベルリン三位一体教会墓地
Bergmannstraße, Berlin
姉ファニーと並んで葬られた。
姿と場所
影響関係
影響を受けた
- バッハ
- モーツァルト
- ベートーヴェン
影響を与えた
- シューマン
- ブラームス
学習者にとって
無言歌の「春の歌」「ベニスの舟歌」は中〜上級。「歌うピアノ」を学ぶのに最適。協奏曲第1番は若手ピアニストの登竜門。