Composers

作曲家

Composer Profile

1933 – 2013 日本 現代

三善 晃

戦後日本のクラシック音楽を代表する作曲家。子どものピアノに豊穣な詩情を。

生涯

1933 年、東京に生まれた。東京大学仏文科を経てパリ音楽院に留学。アンリ・シャラン、レイモン・ガロワ=モンブランに師事。フランス近代の詩的伝統と、ストラヴィンスキー、メシアン、リゲティ等の影響を独自に融合した。

帰国後、桐朋学園教授、東京文化会館館長、東京音楽大学学長を歴任。日本の現代音楽の中心的存在として、後進の育成にも大きく貢献した。

子どものピアノ作品「音の森」「日曜日のソナチネ」など、教育的な作品にも豊かな詩情を込めた。2013 年、80 歳で世を去った。

人となり

三善晃の人となりを示す 4 つの側面。

知性
東大仏文 + パリ留学
パリ音楽院でフランス近代の伝統を吸収。詩情と知的構造を併せ持つ作風。
教育
日本音楽界の重鎮
桐朋学園教授・東京音大学長として、日本の現代音楽の中心を 50 年支えた。
合唱
日本合唱曲の革新
「クレーの絵本」「五つの日本民謡」など、戦後日本合唱の代表作を多数残した。
子供
子どものための名曲
「音の森」「日曜日のソナチネ」等、子どものためのピアノ曲にも豊穣な詩情を込めた。

一日のルーティン

三善は 「教育者・作曲家・行政者」 の三役を生涯両立した。一日は教鞭・会議・作曲の往復。

7:30–8:30 起床、朝食、新聞。家族との時間。
9:00–12:00 作曲。最も創造的な時間。
13:00–17:00 桐朋学園・東京音大での授業、または会議(学長時代)。
17:00–19:00 弟子との個別指導、楽譜校訂。
19:00–21:00 夕食、読書(仏文学・哲学)。
21:00–23:00 夜の作曲。集中力が戻る時間帯。

音楽スタイル

三善の様式は 「フランス的詩情 + 日本的色彩 + 20 世紀的構造」 の融合。

パリ留学で吸収したフランス近代の伝統(ドビュッシー、メシアン、デュティユーら)と、日本の伝統的旋律感を独自に融合。和声は半音階的で複雑だが、旋律は常に「歌える」。

子供のためのピアノ曲 でも妥協しない。「お子様向け」と侮ることなく、本格的な現代音楽の語法で詩情豊かな小品を多数残した。「音の森」「日曜日のソナチネ」は日本のピアノ教育の現代の必修。

全作品リスト(主要)

ピアノ独奏

  • 「音の森」(子供のための)
  • 「日曜日のソナチネ」
  • 「想念」
  • ピアノ・ソナタ
  • 「ピアノ協奏曲」(ピアノ独奏版)

協奏的作品

  • 「響象 I」(ピアノと管弦楽)
  • 「響象 II」
  • 「ピアノ協奏曲」

合唱・他

  • 「クレーの絵本」
  • 「五つの日本民謡」
  • 「レクイエム」
  • 「祈りの虹」

代表作品(ピアノで弾ける)

ピアノ史への貢献

「戦後日本クラシック音楽の中心」 として 50 年以上活動。教育者として、桐朋学園・東京音大から多くの作曲家・演奏家を輩出(西村朗、池辺晋一郎、藤原真理ら)。「子供のピアノ作品にも本格的現代音楽の語法を込める」 という哲学で、湯山昭と並んで日本のピアノ教育を質的に押し上げた。

聖地巡礼

三善ゆかりの地は 東京 中心。桐朋学園・東京音大に資料が残る。

教育機関
桐朋学園大学(東京)
〒182-8510 東京都調布市仙川町
三善が長く教えた音楽教育の聖地。図書館に資料あり。
JR 仙川駅から徒歩 5 分。
教育機関
東京音楽大学(東京)
〒171-8540 東京都豊島区南池袋
三善が学長を務めた音楽大学。三善関連資料を保管。
JR 池袋駅から徒歩 15 分。

逸話

三善は控えめな性格で、自身のことを多く語らなかった。

東大仏文
東京芸大ではなく東京大学仏文科に進学。ヴァレリー、マラルメを愛読し、フランス詩の影響が音楽に深く刻まれた。
レクイエム
広島・長崎の原爆犠牲者に捧げた「レクイエム」は、戦後日本音楽の重要作。「日本の音楽家として戦争の記憶を音にする責任」と語った。
武満との友情
武満徹と「日本人作曲家として何を残せるか」を生涯議論し続けた。二人の友情は戦後日本音楽の柱。
「子どもに本物を」
「子供向けと言っても妥協しない。子供こそ本物の音楽を必要としている」が口癖。

影響関係

学習者にとって

「音の森」 は中級者の必修。短いが各曲が現代音楽の素材を持ち、子供にも分かる詩情がある。「日曜日のソナチネ」 は中上級者向け、本格的なソナチネ形式で 20 世紀的書法を学べる。日本人の現代ピアノ作品入門として最適。