Composers

作曲家

Composer Profile

アルノルト・シェーンベルク
1874 – 1951 オーストリア/アメリカ 近代/現代

アルノルト・シェーンベルク

無調と十二音技法の発明者 — 20 世紀音楽の地図を書き換えた人。

生涯

1874 年、ウィーンのユダヤ系一家に生まれた。ほぼ独学で作曲を学び、最初期は後期ロマン派様式(「浄められた夜」など)。

1908 年頃に無調の世界へ突入、1920 年代に「十二音技法」を確立。20 世紀作曲技法の根本革命を起こした。アルバン・ベルク、アントン・ヴェーベルンと並んで「第二ウィーン楽派」を結成。

ナチス政権から逃れて 1933 年にアメリカに亡命、UCLA で教鞭を執った。1951 年、ロサンゼルスで 76 歳で世を去った。

人となり

シェーンベルクの人となりを示す 4 つの側面。

革命
十二音技法
12 の半音を平等に扱う「セリエル音楽」の体系を構築。20 世紀後半の音楽の出発点。
教師
第二ウィーン楽派
ベルク・ヴェーベルンを育てた。後にケージ・ノヴァク・ラスタル・ラインスドルフらも師事。
多才
画家・理論家
カンディンスキーと親交を持ち、自身も油絵を描いた。「和声学」「対位法概要」など理論書多数。
信仰
ユダヤ教への帰依
若くしてキリスト教に改宗していたが、ナチス台頭時に再びユダヤ教に戻った。

一日のルーティン

シェーンベルクの一日は 「作曲・教育・思索」 の三本柱。ロサンゼルス時代も厳格な規則正しさを保った。

7:00–8:00 起床、朝食。家族との時間。
8:00–12:00 作曲。最も集中する時間。机に向かって、楽譜と理論ノートを並行する。
12:00–14:00 昼食、散歩、新聞を読む。
14:00–17:00 UCLA での授業、または弟子へのレッスン。
17:00–19:00 油絵。または書簡を書く。
19:00–22:00 夕食、家族との時間。読書(哲学・神秘主義)。

音楽スタイル

シェーンベルクの様式は 「3 つの時期」 に明確に分かれる。ロマン派 → 無調 → 十二音技法。各時期で世界を作り変えた。

第 1 期(〜1908):後期ロマン派。「浄められた夜」「グレの歌」のような濃密な調性音楽。

第 2 期(1908–1923):無調(自由無調)。「ピアノのための小品 Op.11」「月に憑かれたピエロ」など、調性なしで作曲。

第 3 期(1923–1951):十二音技法。「ピアノ組曲 Op.25」が最初の完全な十二音作品。古典的形式と新技法の融合。

全作品リスト(主要)

ピアノ独奏

  • Op.11 3 つのピアノ小品
  • Op.19 6 つの小さなピアノ小品
  • Op.23 5 つのピアノ小品
  • Op.25 組曲
  • Op.33a/b ピアノのための小品 2 つ

協奏曲

  • Op.42 ピアノ協奏曲

管弦楽・他

  • Op.4 「浄められた夜」(弦楽六重奏)
  • Op.16 5 つの管弦楽曲
  • Op.21 「月に憑かれたピエロ」
  • 無調期の弦楽四重奏曲 2-4 番

代表作品(ピアノで弾ける)

ピアノ史への貢献

「20 世紀音楽の地図を書き換えた」 最大の功績者。彼の十二音技法は、その後のブーレーズ、シュトックハウゼン、バビット、ノーノら戦後音楽の出発点となった。「調性からの完全な離脱」 という概念は、ジャズ・ポピュラー音楽・映画音楽にも間接的に影響。クラシック音楽史において、バッハ・ベートーヴェンと並ぶ「3 大革命家」の一人。

聖地巡礼

シェーンベルクゆかりの地は ウィーン(生地)・ロサンゼルス(終焉の地)

博物館
アルノルト・シェーンベルク・センター(ウィーン)
Schwarzenbergplatz 6, 1030 Wien
世界最大のシェーンベルク資料館。直筆譜・絵画・蔵書・録音を網羅。
ウィーン地下鉄 Stadtpark 駅から徒歩 5 分。
住居
シェーンベルク住居跡(ロサンゼルス)
116 N Rockingham Ave, Brentwood, CA 90049
亡命後最後の住居。今は私有。外観のみ見学可。
車またはバスでブレントウッドへ。
墓所
ウィーン中央墓地
Simmeringer Hauptstraße 234, 1110 Wien
ベートーヴェン・ブラームス・シュトラウスと並ぶ「音楽家エリア」に眠る。
ウィーン地下鉄 Simmering 駅から徒歩 15 分。

逸話

シェーンベルクの逸話は、革新者としての孤独と、ユダヤ系知識人としての悲劇に満ちている。

1908 年のスキャンダル
「ピアノのための 3 つの小品 Op.11」初演で観客が乱闘騒ぎ。無調作品の最初の社会的拒絶反応。
カンディンスキーとの友情
画家カンディンスキーとは「青騎士」運動を通じて生涯の友。シェーンベルクは自身でも油絵を多数残し、ウィーン・アヴァンギャルドの中心的存在だった。
13 への恐怖
彼は数字 13 を生涯恐れた。誕生日が 9 月 13 日、76 歳の 13 日に死去するという、彼の予言通りの最期だった。
「私が死んだら…」
弟子に「私が死んだら無調音楽の時代も終わる」と語った。実際にはその逆で、彼の死後、十二音技法は戦後音楽の主流となった。

影響関係

学習者にとって

シェーンベルクのピアノ作品は 「20 世紀音楽史の入門」Op.19-1, 19-6 は数分の短い曲で、無調音楽の入口に最適。Op.25 ガヴォット は十二音技法の典型例。「弾く」というより「分析する」アプローチで、20 世紀音楽の理論を体感できる。