生涯
1786 年、北ドイツの音楽一家に生まれた。父は劇団主、いとこにはモーツァルトの妻コンスタンツェがいた。幼少から各地を転々とし、10 代でハイドンの弟ミヒャエルに師事。
1821 年「魔弾の射手」の大成功でドイツ・オペラの父となる。同時期に書かれたピアノ作品も革新的で、後のリスト・ショパンへの橋渡しとなった。
結核を患いつつもロンドンで「オベロン」の指揮を完遂、その直後の 1826 年に 39 歳でロンドンで世を去った。
人となり
ヴェーバーの人となりを示す 4 つの側面。
一日のルーティン
指揮者として歌劇場を運営しつつ、作曲家として大作を書き続けるという 二足の草鞋 の生活。健康に不安を抱えながらも、生涯活動的だった。
音楽スタイル
ヴェーバーは 「物語性のあるピアノ書法」 を発明した。オペラ作曲家としての劇的感覚をピアノに持ち込み、後のリスト・ショパン・シューマンに直接影響した。
「舞踏への勧誘」は 世界初のコンサート・ワルツ として歴史に残る。「招き → 舞踏 → 別れ」という物語を一つのピアノ曲に込めた革新作。後にベルリオーズが管弦楽編曲したことでも有名。
ピアノソナタ 4 曲は、ベートーヴェンの晩年とショパンの間の橋渡し的存在。劇的なオクターブ進行・速いパッセージ・幻想的な転調が特徴で、ロマン派ピアノ書法の出発点となった。
全作品リスト(主要)
ピアノ独奏
- Op.24 ピアノソナタ第1番 ハ長調
- Op.39 ピアノソナタ第2番 変イ長調
- Op.49 ピアノソナタ第3番 ニ短調
- Op.65 舞踏への勧誘
- Op.70 ピアノソナタ第4番 ホ短調
協奏的作品
- Op.11 ピアノ協奏曲第1番 ハ長調
- Op.32 ピアノ協奏曲第2番 変ホ長調
- Op.79 コンツェルトシュテュック ヘ短調
オペラ
- 「魔弾の射手」Op.77
- 「オイリアンテ」Op.81
- 「オベロン」J.306
代表作品(ピアノで弾ける)
ピアノ史への貢献
「物語ピアノ」の発明者。ベートーヴェンが構造でピアノを完成させたとすれば、ヴェーバーは 「ピアノで物語を語る」 という新しい次元を切り開いた。コンツェルトシュテュック(協奏的小品)の形式そのものも彼が発明。リスト「協奏曲第1番」、シューマン「コンツェルトシュテュック」、フランク「交響的変奏曲」など、後の協奏的ピアノ作品の祖。
聖地巡礼
ヴェーバーゆかりの地は ドレスデン(最も長く住んだ地)・ロンドン(終焉の地)。
逸話
ヴェーバーの生涯は、ロマン派的な激情と、現実的な行政能力の二面性に満ちている。
影響関係
学習者にとって
ピアノソナタ第1番 第4楽章「常動曲」 はテクニカルな名曲で、中上級者の挑戦曲。「舞踏への勧誘」 は上級者向けだが「ロマン派ピアノ書法の出発点」を知るための必修曲。協奏曲第1番は古典派とロマン派の橋渡しを実感できる。