生涯
1644年、ボヘミア(現チェコ)のヴァルテンベルクに生まれた。若い頃からヴァイオリンの天才として知られ、1670年頃にはオロモウツ(現チェコ)の司教の宮廷でヴァイオリン奏者として働いた。1671年、ザルツブルクの大司教の宮廷に引き抜かれ、以後生涯をザルツブルクで過ごした。
ザルツブルクでは1684年に副楽長、1684年に楽長(カペルマイスター)に就任した。ザルツブルク大司教の絶大な信頼を得て、宮廷の最高の音楽的地位に就いた。1690年、皇帝レオポルト1世から貴族の称号を授けられた。
1704年、ザルツブルクで60歳で死去。モーツァルトより70年以上前のザルツブルクで、別の天才がヨーロッパの音楽史に名を刻んでいた。
人となり
ビーバーの本質は 「限界への挑戦」 だった。ヴァイオリンの標準的な調弦(G-D-A-E)を故意にずらす「スコルダトゥーラ(異弦調弦)」を駆使し、普通の奏法では出せない和音・音域・音色を引き出した。「ヴァイオリンで何ができるか」という問いへの答えを、最も過激な形で示した作曲家だ。
音楽スタイル
ビーバーの音楽は 「ヴァイオリンの極限」 を追求する。ポリフォニック(多声部的)な和音・高音域・複弦奏法・スコルダトゥーラを組み合わせることで、一本のヴァイオリンがオーケストラのように豊かな音楽を演奏できることを証明した。
感情表現においては、標題音楽的な描写——嵐・祈り・喜び・悲嘆——を大胆に取り入れた。「音楽で物語を語る」という姿勢は、バロック音楽の「アフェクト論(感情理論)」の最も過激な実践だ。
代表作品
カトリックのロザリオの15の神秘に対応した15のソナタ+最後の無伴奏パッサカリア。各曲で異なる調弦を使用。バロック・ヴァイオリン音楽の絶対的頂点。
ロザリオのソナタ集の最後を飾る無伴奏曲。バッハの無伴奏ヴァイオリンより30年以上前の傑作。繰り返すバス音型の上で次第に複雑に展開するのは、後のシャコンヌ・パッサカリアの原型。
8つのヴァイオリン・ソナタからなる出版作品。ロザリオのソナタほど過激ではないが、豊かな和声と技巧的な書き方で、ビーバーの「もうひとつの顔」を示す。
深夜の夜警の巡回を描写した標題音楽。「カッコウ」「フクロウ」「猫」の鳴き声を弦楽器で模倣した遊び心あふれる傑作。バロック音楽の「描写音楽」の名例。
ピアノ史への貢献
ビーバー自身の鍵盤曲はほぼ存在しないが、彼が確立した「無伴奏弦楽のポリフォニー」の手法はバッハの無伴奏ヴァイオリン・チェロ組曲に直接影響を与え、そのバッハの弦楽音楽がピアノ音楽の参照点となった。バッハのシャコンヌ ニ短調(無伴奏パルティータ第2番)はビーバーの無伴奏パッサカリアなしには生まれなかった。
また「スコルダトゥーラ(異弦調弦)」という概念——楽器の標準的な設定を意図的に変えることで新しい音楽的可能性を開く——は、ピアノのペダル技法や弦のプリペアド奏法(鍵盤の下に異物を置いて音色を変える現代技法)の遠い先祖とも言える。
ビーバーが楽長として活躍した音楽の中心地。モーツァルトの洗礼式も行われたこの大聖堂で、ビーバーの宗教音楽が鳴り響いた。ザルツブルク音楽祭でもビーバーの作品が演奏される。
ビーバーの時代のザルツブルク宮廷音楽の資料が保存されている。ロザリオのソナタの自筆譜は現在ミュンヘンに所蔵されているが、ザルツブルクの歴史資料と合わせて彼の時代を体感できる。
逸話
ビーバーがロザリオのソナタを書いた動機はいまも謎に包まれている。宮廷への献上品なのか、個人的な信仰の表明なのかは不明だ。自筆譜が発見されたのは19世紀後半であり、300年近くほぼ演奏されなかった。20世紀の古楽運動で「バロック最大の宝」として再発見され、現在は毎年世界中で演奏されている。
スコルダトゥーラの楽譜表記は、当時の奏者に「読み方」の問題を突きつけた。調弦が変わると音符の意味する音程が変わるため、奏者は「楽譜通りに指を押さえるが、実際に出る音は楽譜と違う」という状態で演奏する。この認知的なねじれは、後のジョン・ケージの「4分33秒」や現代ピアノ曲の「楽譜と音の乖離」の先駆け的発想とも言える。
- フレスコバルディ(バロック初期鍵盤・器楽の革新)
- シュメルツァー(ウィーン宮廷のヴァイオリン様式)
- カトリック・バロックの信仰芸術
- イタリア・ヴァイオリン楽派(コレッリの前世代)
- J.S.バッハ(無伴奏弦楽・シャコンヌの構造)
- ヴィヴァルディ(ヴァイオリン協奏曲の技巧的書法)
- オーストリア・バロック音楽の伝統
- 現代のバロック・ヴァイオリン演奏実践