Composers

作曲家

Composer Profile

1899 – 1963 フランス 20 世紀

フランシス・プーランク

「フランス 6 人組」の洒落者。洒脱と祈りを併せ持つパリのピアニスト。

生涯

1899 年、裕福なパリの一家に生まれた。ピアノは母と独学で学び、ヴィニェスやコルトーに師事。1917 年、サティ、コクトーらに見出され、若き作曲家グループ「フランス 6 人組」の中心となる。

1920 年代「6 人組」の中心として活躍。最初は「シャンソンとミュージックホールの音楽」を取り入れた洒脱なスタイル。1936 年、友人の死をきっかけにカトリック信仰に深く回帰し、宗教音楽の傑作も多数残した。

ピアノ独奏、ピアノ協奏曲、オペラ「カルメル会修道女の対話」、歌曲集など多彩な作品。1963 年、心臓発作でパリで急逝、64 歳。

人となり

プーランクの人となりを示す 4 つの側面。

洒脱
パリの洒落者
「シャンソン的旋律 + 古典的形式」のパリ的軽みの洒脱さ。ストラヴィンスキーが「軽すぎる」と批評した。
信仰
深い祈り
1936 年の友人の死で信仰に回帰。「カルメル会修道女の対話」「グロリア」など宗教音楽の傑作。
多面
二つの顔
「洒脱なプーランク」と「祈りのプーランク」の両面性。彼自身「私は半分修道士、半分悪戯小僧」と語った。
ピアノ
優れたピアニスト
自作協奏曲・室内楽でピアノを担当。バリトンのピエール・ベルナックと組んだ歌曲のリサイタルは伝説。

一日のルーティン

プーランクは 「パリの社交界」と「ノアゼーの田舎屋敷」 を行き来した。社交と隠遁の対照的な暮らし。

9:00–10:00 起床、朝食。新聞を読む。
10:00–13:00 作曲。明るい光の中で。「私は朝の人。夜は何も書けない」
13:00–15:00 パリのカフェで友人と昼食、または田舎で散歩。
15:00–18:00 ピアノ練習、楽譜校正。
18:00–20:00 夕食。社交、または読書。
20:00–23:00 コンサート鑑賞、サロンでの社交、または静かな夜の祈り。

音楽スタイル

プーランクの様式は 「2 つの顔」。洒脱なシャンソン的世界と、深い宗教的祈り。両方が同じ作曲家から生まれた。

「6 人組」スタイル:ドビュッシー・ラヴェルの印象派から離れ、新古典主義へ。クルト・ヴァイル的なジャズ・カフェ的響き、エリック・サティ的な皮肉。「ナポリ」「3 つの常動曲」など、ピアノ独奏曲に多数。

宗教音楽の深さ:「グロリア」「カルメル会修道女の対話」「スターバト・マーテル」など、20 世紀宗教音楽の頂点。ピアノ作品にも「平和」「悲しみ」「祈り」の主題が頻出。

全作品リスト(主要)

ピアノ独奏

  • 3 つの常動曲
  • ナポリ
  • 間奏曲
  • 15 の即興曲
  • 「ノヴェレッテ」
  • 「フランス組曲」

協奏曲

  • ピアノ協奏曲
  • 2 台のピアノのための協奏曲 ニ短調
  • オルガン協奏曲

オペラ・声楽

  • 「カルメル会修道女の対話」
  • 「人間の声」
  • 「グロリア」
  • 「スターバト・マーテル」

代表作品(ピアノで弾ける)

ピアノ史への貢献

「フランス 6 人組」を世界に知らしめた 中心人物。ドビュッシー・ラヴェルの印象派の次世代として、新古典主義とシャンソン的軽みを融合した「20 世紀フランス音楽の第二の波」を作った。同時に 20 世紀宗教音楽の最大の作曲家 の一人として、「カルメル会修道女の対話」は現代最も上演されるオペラのひとつ。

聖地巡礼

プーランクゆかりの地は パリ(生地・活動地)・ノアゼー(田舎屋敷)

住居
プーランク邸(ノアゼー、ロワール)
Le Grand Coteau, 41700 Noizay
パリから離れて作曲した田舎屋敷。「カルメル会修道女の対話」もここで書かれた。今は私有。
パリから列車で 2 時間。
墓所
ペール・ラシェーズ墓地(パリ)
16 Rue du Repos, 75020 Paris
ショパン・ロッシーニ・ビゼーと同じパリ最大の音楽家墓地。
メトロ Père Lachaise 駅から徒歩 5 分。

逸話

プーランクの逸話はパリの洒脱さと深い信仰の両面に渡る。

1936 年の信仰回帰
友人ピエール=オクターヴ・フェルーが交通事故で急死し、ロカマドゥール聖地巡礼へ。これがカトリック信仰への深い回帰のきっかけ。
「半分修道士、半分悪戯小僧」
自分を「moitié moine, moitié voyou(半分修道士、半分悪戯小僧)」と呼んだ。洒脱な歌曲「白鳥」と祈りの「グロリア」が同じ作曲家。
歌曲リサイタル
バリトンのピエール・ベルナックと組んだ歌曲リサイタルは、20 世紀の歌曲史上最も優れた歌手=ピアニスト・デュオの一つ。
心臓発作
1963 年 1 月、パリの自宅で心臓発作で急逝。63 歳。死の前夜まで作曲していた。

影響関係

学習者にとって

「ノヴェレッテ第 1 番」 は中級者の入門に最適。プーランクの軽妙さを最も気持ちよく学べる。次に 「15 の即興曲」 の第 7 番、第 15 番(ピアフへのオマージュ)。「3 つの常動曲」 は中上級者向け、洒脱なリズムの傑作。