生涯
1886 年、東京・本郷に生まれた。プロテスタント牧師の家系。東京音楽学校声楽科を卒業後、岩崎家の奨学金でベルリン王立芸術アカデミーに留学(1910–1913)。日本人初の本格的留学交響楽指揮者・作曲家。
帰国後、日本初の交響楽演奏会・オペラ初演・指揮活動を主導。日本のクラシック音楽の制度的基盤を一人で築いた。
北原白秋らとの共同作業で、「赤とんぼ」「からたちの花」「この道」「待ちぼうけ」「ペチカ」など、日本人の心の風景を作る無数の歌曲を残した。1965 年、78 歳で世を去った。
人となり
山田耕筰の人となりを示す 4 つの側面。
一日のルーティン
山田の一日は 「作曲・指揮・教育・行政」 の四役を生涯両立した活動家のもの。
音楽スタイル
山田の様式は 「西洋音楽の文法 + 日本語の抑揚 + ヨーロッパ近代の音楽美学」 の統合。
日本語と西洋音楽の融合:日本語の自然な抑揚を西洋音楽のリズムに乗せる革命を成し遂げた。「赤とんぼ」「からたちの花」の旋律は、日本語の言葉の自然な流れにぴったり合っている。
本格的なクラシック作品:交響曲・オペラ・舞踊曲なども多数。代表作にオペラ「黒船」「夜明け」、交響曲「明治頌歌」、舞踊組曲「マグダラのマリア」など。
全作品リスト(主要)
ピアノ独奏
- 「子供のためのピアノ曲集」
- 「日本組曲」(ピアノ独奏版)
- 「ふるさと」(ピアノ独奏編)
- 若年期のピアノソナタ
歌曲・童謡
- 「赤とんぼ」
- 「からたちの花」
- 「この道」
- 「待ちぼうけ」
- 「ペチカ」
- 「鐘がなります」
大規模
- オペラ「黒船」
- 交響曲「明治頌歌」
- 舞踊組曲「マグダラのマリア」
- 「日本のラプソディー」
代表作品(ピアノで弾ける)
ピアノ史への貢献
「日本の音楽の制度的基盤を築いた」。日本初の交響楽団・オペラ・指揮活動・音楽学校制度・著作権制度(JASRAC の前身組織)—すべてに山田が関わった。クラシック作曲家としてだけでなく、「日本における音楽の生態系」を一人で築いた人物。歌曲では 「日本人の心の風景」を作った。「赤とんぼ」を聞いて泣かない日本人はいない。
聖地巡礼
山田耕筰ゆかりの地は 東京(生地・活動地)・ベルリン(留学地)。
逸話
山田耕筰の逸話は明治・大正・昭和の日本音楽史そのもの。
影響関係
学習者にとって
「赤とんぼ」(ピアノ独奏編) は初級者の永遠の人気曲。様々なアレンジ版があり、レベルに合わせて選べる。「からたちの花」(ピアノ独奏編)、「この道」(ピアノ独奏編) も同様。「子供のためのピアノ曲集」 は中級者向け、日本人が初めて書いた本格的ピアノ教育曲。