ヨハン・カスパール・フェルディナント・フィッシャー
1656 – 1746 ドイツ(バーデン) バロック

ヨハン・カスパール・フェルディナント・フィッシャー

「平均律」の先駆者 — 20の調性を巡る鍵盤曲集がバッハの傑作を生む直接のヒントになった。

生涯

1656年頃、ドイツに生まれた。生涯の大半をバーデン辺境伯の宮廷で過ごし、長く宮廷楽長を務めた。89歳(または90歳)という驚くべき長命で、1746年に死去した。

フランスで活躍したリュリの音楽の影響を強く受けており、南ドイツにフランス様式を持ち込んだ重要人物だ。鍵盤曲・管弦楽曲・声楽曲と幅広く作曲したが、後世への最大の遺産は鍵盤組曲集「アリアドネ・ムジカ」だ。

人となり

フィッシャーの本質は 「秩序と実験の人」 だった。バロック時代の音楽家は通常、慣れ親しんだ調性(長調・短調の一部のみ)で作曲したが、フィッシャーは「アリアドネ・ムジカ」で20の異なる調性を組織的に探求した。この体系的な調性の探求がバッハの「平均律クラヴィーア曲集」(24の全調性)の直接のヒントになった。

アリアドネ・ムジカ
バッハの「平均律」の前身
1702年に出版したこの鍵盤曲集は、20の異なる調性で書かれたプレリュードとフーガを収録。バッハはこの曲集を知っており、「平均律クラヴィーア曲集」(24調性)を書く際に直接参照したことが確認されている。
フランス様式の輸入
南ドイツへのフランス様式伝播
リュリのフランス宮廷音楽の様式——過度な装飾音・付点リズム・壮麗な序曲——を南ドイツに持ち込んだ先駆者。バッハのフランス組曲・フランス的序曲への系譜に繋がる。
90歳近くの現役
長命の作曲家
生涯の晩年まで創作を続け、89歳まで現役だった。バロック時代に「長命の音楽家」として知られた数少ない人物のひとり(スヴェーリンク59歳、ラインケン99歳、フィッシャー89歳)。
組曲形式の完成
アルマンド・クーラント・サラバンド・ジグ
バロック組曲(アルマンド→クーラント→サラバンド→ジグ)の形式をドイツ語圏で広めた重要人物。バッハのイギリス組曲・フランス組曲・パルティータへの形式的な系譜に連なる。
音楽の迷宮には出口がある。アリアドネの糸は調性だ。すべての調性を巡れば、音楽の全貌が見える。 フィッシャー(「アリアドネ・ムジカ」序文より)

音楽スタイル

フィッシャーの音楽は 「フランスの優雅さとドイツの厳密さの融合」 だ。リュリから学んだフランス宮廷音楽の華やかな装飾音と付点リズムを、ドイツの対位法的な厳密さと組み合わせた。その結果「エレガントだが軽薄でなく、厳密だが重くない」という独自の様式が生まれた。

「アリアドネ・ムジカ」のプレリュードとフーガは、各調性の個性を的確に捉えた短くて凝縮された傑作ぞろいだ。短い作品ながら各フーガの主題は鮮明で記憶に残りやすく、バッハがこれを参照した理由が分かる。

代表作品

アリアドネ・ムジカ(20のプレリュードとフーガ) 1702年(初版)/ 1715年(増補版)

C長調から始まり20の調性を巡るプレリュードとフーガ集。バッハの「平均律クラヴィーア曲集」の直接の先駆け。バッハはこの曲集のフーガ主題のいくつかを自分の「平均律」で使用した。バッハの傑作を生むための「種」。

ミューズの花束(8つの組曲) 1695年

フランス宮廷音楽様式で書かれた鍵盤組曲集。アルマンド・クーラント・サラバンド・ジグ等のダンス形式に、フランス的な優雅な装飾音を施した。南ドイツにフランス様式を広めた代表作。

パルナッソスの卓越(8つの組曲) 1738年(増補版)

晩年に書かれた鍵盤組曲集。ほぼ80歳での増補改訂は、フィッシャーの創作への意欲の証。バッハも同時期に作曲しており、同世代を生きた二人の晩年の様式の違いが興味深い。

ピアノ史への貢献

フィッシャーの最大の貢献は 「アリアドネ・ムジカ」を通じたバッハへの影響 だ。バッハの「平均律クラヴィーア曲集」の主題の一部はフィッシャーの曲からの借用・発展であることが音楽学者により確認されている。「平均律」はピアノ学習者の必携曲集であり、その根源のひとつがフィッシャーだ。

バロック組曲の形式(アルマンド→クーラント→サラバンド→ジグ)を南ドイツ・オーストリアに広めた功績も大きい。この形式はバッハのフランス組曲・イギリス組曲・パルティータへと継承され、現代のピアノ学習者の標準レパートリーになっている。

バーデン=バーデン(ドイツ・バーデン=ヴュルテンベルク州)

フィッシャーが長年仕えたバーデン辺境伯の宮廷があった地。現在は温泉リゾートとして知られるが、バロック時代は南ドイツ宮廷文化の重要な中心地だった。

逸話

「アリアドネ・ムジカ」というタイトルは、ギリシャ神話でテセウスがクレタ島の迷宮から脱出するのを助けた「アリアドネの糸」から来ている。フィッシャーにとって「調性の迷宮」を旅するための「糸」が、20の異なるプレリュードとフーガだった。バッハがこのタイトルのメタファーを理解し、「24の全調性」で「完全な迷宮脱出」を果たしたのが「平均律」だと考えると、師弟関係のような知的対話が浮かび上がる。

バッハとフィッシャーは直接の面識はなかったとされるが、バッハがフィッシャーの楽譜を入手・研究したことは作品の類似点から確実視されている。「楽譜を通じた超時空的師弟関係」——これはバロック音楽における知識伝達の典型的な形だ。

影響を受けた
  • リュリ(フランス宮廷音楽の様式)
  • ムファット(南ドイツのフランス様式導入者)
  • ドイツ・バロックの対位法伝統
  • フレスコバルディ(鍵盤音楽の総合的技法)
影響を与えた
  • J.S.バッハ(「平均律」の主題・形式・調性探求の概念)
  • バーデン宮廷の音楽文化
  • 南ドイツにおけるフランス様式の普及