音は、誰かから誰かへ。
ピアノ史を貫く 9 つの系譜。
師から弟子へ、友から友へ、影響は時代を越えて続いていく。
古典派の三代
ハイドンはモーツァルトの友人となり、若きベートーヴェンの師となった。「ソナタ」という形式は、この 3 人の手から手へと洗練された。
ベートーヴェンの系譜
ベートーヴェンの愛弟子チェルニーは、10 歳のリストを 6 年間無償で教えた。19 世紀ピアノ史の系譜は、ベートーヴェン → チェルニー → リストの直線で書ける。
バッハ一族と再発見
J.S. バッハの息子 C.P.E. バッハは父より生前は有名だった。バッハ自身は死後 80 年忘れられ、メンデルスゾーンが 1829 年に「マタイ受難曲」を再演したことで世界に蘇った。
シューマン家の友情
1853 年、20 歳のブラームスはシューマン家を訪問した。ロベルトは彼を「未来の天才」と呼び、クララは生涯にわたる支援者となった。クララの死までブラームスは独身を貫いた。
ノクターンの系譜
「夜想曲」というジャンルを発明したのはアイルランドのジョン・フィールド。ショパンはそれを完成させ、ラフマニノフ・スクリャービンへと夜の音楽は引き継がれていった。
フランス印象派の対話
フォーレが教師として育て、ドビュッシーが革命を起こし、ラヴェルが完成させた。フランス近代音楽の三角関係。クープランの遺産は彼ら全員の根にある。
スペイン国民楽派
19 世紀末から 20 世紀初頭、スペインの民族音楽を芸術音楽に昇華した 3 人。互いに先輩後輩として尊敬しあい、スペイン・ピアノ音楽の頂点を築いた。
ロマン派のライバルと友情
モーツァルトと「ピアノ対決」を演じたクレメンティ。8 歳でモーツァルトに住み込みで学んだフンメル。彼らはベートーヴェンの時代を生き、19 世紀ピアノ音楽の橋渡しとなった。
20 世紀の越境
パリ音楽院のメシアンは戦後ヨーロッパ音楽の旗手を育てた。日本の武満徹も彼の影響を受けた。一方、ガーシュウィンとラヴェルの友情はクラシックとジャズの架け橋となった。
音楽は、独りでは生まれない。